コラム

(53)The Top of the Mountain

 マーティ・キーナート


私がロサンゼルスで育った時代、誰かにお気に入りのスポーツを聞いて「登山」もしくは「ロッククライミング」と答えたなら、私は多分「えっ?それはスポーツじゃないよ」と言ったことでしょう。
私は全く間違っていましたね。2018年のアカデミー賞ドキュメンタリー部門を獲得した映画「Free Solo」をみたことがあるでしょうか?
この映画は、2017年カリフォルニアのヨセミテ国立公園内のエル・キャピタンを登攀したアメリカ人ロッククライマーのアレックス・オノルドの密着ドキュメンタリーです。この映画を見ている時、私の妻は「怖すぎて見てられない」といい席を立ってしまいました。我々のような凡人にとって、それほどこのフリークライミングは信じられないほど恐ろしい挑戦です。
https://en.wikipedia.org/wiki/Free_Solo

私の学生時代の1960年代、カリフォルニアのロッククライミングのパイオニアになったイボン・シュイナード(Yvon Chouinard)は、車で生活し5セントで買った猫用の缶詰を食べて暮らしていたと語っています。
シュイナードは、自身の趣味であった登山の用具「ハーケン」や「ピトン」を製作し始め、後に登山用品全般を扱うようになりました。シュイナードは、クライマーが山を傷つけるのを目にし、岩を傷つけないクリーンクライミングを提案し「Patagoniaパタゴニア」という会社を設立しました。
1973年に設立されたこのパタゴニア社はシュイナード氏の理念を体現し、環境問題に取り組み世界に先駆けて無農薬のオーガニックコットンを始めとする自社開発の地球に優しい素材を使用し、「波がいいならサーフィンに行こう」と、世界に先駆けて社員のワークバランスを大事にする社風の世界的大企業となったのです。

驚くべきことにシュイナード氏は、現在でも常にラフな服装で古いスバルを運転し、カリフォルニアのベントゥーラとワイオミングのジャクソンの質素な家を行き来し、登山やサーフィンを楽しんでいます。そして、コンピューターも携帯電話も持っていません。

パタゴニア社は、現在では約30億ドル(約4,300億円)の資産価値をもち、年間売上高は10億ドル以上にのぼります。しかし83歳のシュイナード氏は先月このパタゴニア社を、新設した基金と非営利団体に譲渡しその全ての利益を地球温暖化のために役立てたいと発表し世間を驚かせています。
シュイナード氏とその家族は、新しい基金と団体の唯一の目的は地球の危機と立ち向かい未開発の地域を守り、そして地球を守ることのみだとしています。
パタゴニア社は「これからは地球だけが私たちの株主です」と宣言しています。
シュイナード氏は「願わくば、私たちの行動が、僅かな億万長者と大勢の貧しい人々という現資本主義とは違う新しい社会の形に良い影響を及ぼしてほしい」と話しています。
私もそのように願います。



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マーティ・キーナート

<プロフィール>

アメリカ ロサンゼルス生。1968年スタンフォード大学卒。1969年慶応大学日本語コース修了。以来滞日40余年、一貫して日米を通じたスポーツビジネスに身をおく。2004年「東北楽天ゴールデンイーグルス」の初代ゼネラルマネージャー。仙台大学特命副学長/東北大学特任教授などを歴任。2018年よりプロバスケットボールチーム「仙台89ERS(エイティナイナーズ)」のオーナー代行兼シニアGM就任。   

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