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旧 仙台医学専門学校六号教室
〈 東北大学魯迅の階段教室 〉

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現在は旧仙台医学専門学校博物・理化学教室の南側に隠れるように位置している。

造り付けの机と椅子が、東から西へと上るように階段状に配されている。

魯迅は中央、前から3列目によく座っていたという。

東側正面には博物・理化学教室との結合部であった跡が残る。

文豪魯迅が恩師と崇めた藤野厳九郎教授。藤野教授は主に解剖学の講義を受け持ち、魯迅のノートを朱書きで懇切丁寧に添削したという。

撮影:明治43年

旧 仙台医学専門学校六号教室

<東北大学魯迅の階段教室>

年代
明治37年/大正13年頃・昭和10年頃移築
構造階数
木造平屋建
建築面積
138㎡

仙台医学専門学校の敷地内に博物・理化学教室として建てられた。外壁は白色ペンキ塗りの南京下見板張り、破風が付いた瓦葺屋根で、縦長の窓を持つ。内部は講壇と階段状に上がる造り付けの机・椅子を備える階段教室となっている。建築当初は現在の向きから180度回転した形で旧仙台医学専門学校博物・理化学教室(東北大学本部棟3)の東側に接続した1つの建物であった。大正13(1924)年頃に切り離され南側に移設、さらにその後の昭和10(1935)年頃、約180度回転した形で西に移設され現在の場所に配置された。中国の文豪魯迅こと周樹人も、仙台医学専門学校に留学した際、この教室でも学んでいる。この教室ではドイツ語・物理学・化学など基礎科目の講義が行われていた。明治37(1904)年から約1年半の留学の間に、彼はこの地で生涯最も敬愛する藤野先生と出会い、また日露戦争の幻灯(スライド)等をきっかけに、医学の道から文学の道へと大きく舵をきることとなったという。魯迅が学んだ教室が残されていたことから、中国から多くの人々が訪れており日中の交流の歴史から見ても貴重な建築である。

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