【特集】
環境問題と社会的ジレンマ




今日の環境問題の特徴
社会的ジレンマ

 この数十年の間に、環境をめぐる人々の意識は、大きく変わりました。文部省統計数理研究所の国民性調査によれば、「自然を征服する」という考えは1968年を頂点として減少に転じ、代わって「自然に従う」という考えが増え続けています。1993年以降は、「自然を利用する」を抜いて第1位(ほぼ50%)になりました(図1)。環境問題が重要だ、ということに反対する人は、現在、ほとんどいません(図2)。しかし、大方の人がそのように認識し、企業や行政もそれなりの努力をしているにもかかわらず、ここ数十年、環境問題は解決困難な問題でありつづけています。なぜでしょうか。
 「公害問題」と呼ばれた頃の環境問題に(水俣病におけるチッソ株式会社のような)「悪者」がいたのに対し、地球環境問題を典型とする今日の環境問題には、特定の「悪者」はいません。それを生み出しているのは社会のしくみであり、それを支えているのは私たち一人ひとりの行動なのです。そして、そのことに、多くの人は気づき始めています。しかし、それにもかかわらず、私たちはなかなか行動を改められません。なぜでしょうか。――そこに「社会的ジレンマ」のメカニズムがあるからだ。私たちは、そのように考えています。
 社会的ジレンマとは、「一人ひとりが自分にとって望ましい行動をとると、その行動自体にはほとんど問題がなくても、そのような行動が集まったときには社会的にも個人的にも望ましくない結果が生じる」というメカニズムです(図3)。
 たとえば、社会の24時間化に対応して、コンビニやファミリーレストランの24時間営業、テレビ・ラジオの24時間放送など、さまざまな産業活動が生れ、私たちはそれを利用しています。それ自体は、われわれにとって便利なことです。また、そこには、害毒を撒き散らす悪者はいません。しかし、その活動は、これまでになかった多くのエネルギー消費を伴っています。地球環境の危機が叫ばれ、二酸化炭素排出量を抑制することが国際会議で定められたにもかかわらず、それと矛盾する動きが進行しているのです。

環境配慮行動は
なぜ困難か


 「それではいけない」と気づいて、コンビニの利用を控えたりテレビのスイッチを切ったからといって、コンビニの営業時間やテレビの放送時間が短くなるわけはありません。一人の人がコンビニ利用の便利さやテレビ視聴の楽しみを犠牲にしても、事態は変らないのです。これでは、環境に配慮した行動を取りたくはなりません。
 家庭でのごみ減量やリサイクルは、これに比べると、効果が直接分かる部分もありますから、相対的には実行しやすい環境配慮行動といえるでしょう。しかし、それとても、社会的ジレンマのメカニズムのために、実行は困難です。多くの市民がごみの減量に協力するなら、市全体としては(ごみ処理の経費削減や埋立量の減少を通して)財政的にも環境的にも良い結果が得られるのですが、その効果は市民一人ひとりには見えにくいものです。それに引き換え、減量をきちんとやるには、それなりの手間がかかります。

どうすれば
環境配慮行動が可能か


 では、そのような環境配慮行動を促進するには、どうしたら良いのでしょうか。私たちの研究室では、これまで、仙台市環境局の協力を得つつ、この問題に関する調査を繰り返し行ってきました。そこから、問題解決のためのヒントがいくつか生まれています。たとえば、ごみの減量やリサイクルなどの環境配慮行動を促進する要因には、規範意識(その行動をすべきだと考えること)、有効性感覚(自分の行動が環境改善に影響力があると考えること)、反コスト意識(環境配慮行動が面倒だとは思わないこと)、制裁可能性(環境配慮行動をしないと近所の人に非難されるのではないかと懸念すること)、同調(他の人も行なっていると認識すること)、共感(他の人への迷惑をかけないよう配慮すること)などなど、数多くの要因が考えられます。その中でも、特に大きな影響力を持っているのは規範意識と反コスト意識である、ということが、繰り返し見いだされてきました。また、この2つの要因は別々に環境配慮行動に影響しているのでないことも分かりました。つまり、1 環境配慮行動をなすべきだと思っている人は、その規範意識のために環境配慮行動をおこなう可能性が高く、面倒だと思うかどうかは実行度に影響を与えにくいのですが、2 環境配慮行動をなすべきだと思っていない(規範意識の低い)人にとっては、それが面倒だと思うかどうかによって、実行度が大きく変わってくるのです(図4)。環境配慮行動のコストを下げることは、特に規範意識の低い人に対して重要なのです。
 しかも、環境配慮行動を実際に促進しようとする場合、環境配慮行動の種類によって、行うべき施策の順序が違ってきます。たとえば、1「資源回収」を促進するためには、環境教育などによってまず規範意識の高揚を図り、その後に実行コストの低減を図るのが有効なのですが、2「使い捨て商品の不買」を進めるためには、逆に、まず(たとえば、使い捨てでない商品の品質を向上させたり価格を安くするなどして、)コストを小さくし、その後に使い捨て商品を買わないという規範意識の醸成を試みるのが効果的だ――このようなことが、私たちの調査によって分かってきました。
 個々の個人や組織にとって、環境配慮行動を実行するのはなかなか困難です。社会的ジレンマのメカニズムが働いているためです。しかし、社会の仕組を変えることによって、環境配慮行動をしやすくすることは可能です。一人ひとりがスパイクタイヤを脱ぐのは困難でしたが、最終的にスパイクタイヤの製造販売が法的に禁止されることによって、脱スパイクは成功したのでした。
日本の人々がいま享受している生活を地球上のすべての人々がしたならば、地球環境は破壊されてしまいます。これからの私たちがめざすべきなのは、私たち日本人だけでなく、地球上のすべての人が等しく享受できるような生活の在り方です。その生活は、現在の地球人だけでなく、将来の地球人もが享受できるものでなければなりません。自分の生き方を変え、社会のしくみを変えることが必要とされているのです。


うみの みちお
1945年生まれ
現職:東北大学文学部教授
専門:数理行動科学、環境行動科学