[研究室からの手紙]


植物の戦略“リサイクル”−イネと窒素

前 忠彦=文
text by Tadahiko Mae



 最近は、ちょっとしたガーデニングブームです。それでも、本場、英国にはまだまだ及びません。あちらでは、土曜、日曜日のゴールデンタイムに「ガーデニング」が放映されます。そんな英国や、花の国、オランダを訪れると、しばしば日本にはもともと素晴らしいガーデニングの文化があるではないかと指摘されます。それは「日本庭園」のことであり、「盆栽」についてです。
 さて、植物の栽培にあたって重要なことのひとつに栄養素のことがあります。ここでは、植物の成育を大きく支配する栄養素の「窒素」について話をしてみましょう。

「土壌窒素と肥料窒素」

 窒素は、植物にとってもっとも多く必要とされる栄養素です。体内では生命活動を支えるタンパク質や核酸など多くの重要な生体成分の構成元素となっています。一般に土壌の窒素供給力は、植物が十分に生育するには不足しており、それを補うために肥料が施されます。したがって植物が吸収する窒素は、「土壌由来窒素」と「肥料由来窒素」の二つに大きく分けられます。この両者の植物による吸収割合は、重窒素(安定同位体)で標識した肥料を用いた試験により知ることが出来、近年いろいろなことが分かってきました。東北地方のイネについてみると、イネが一生に吸収する窒素のうち「肥料由来窒素」はおよそ30%と意外と少なく、「土壌由来窒素」のほうが70%とずっと多いのです。昔からの言い伝えである「コメは土で穫れ」のとおりであることが科学的に示され、「肥沃な土壌」の重要性が改めて確認されました。畑で育つムギやトウモロコシなどは、イネに比べ「肥料由来窒素」の割合が一般にずっと多くなっています。

「栄養素の見事なリサイクルで
生命を次世代へ」

 イネの側からすれば、種子を後代に残すことがもっとも重要なことに違いありません。その事に向けて、イネは一度取りこんだ栄養素を、その一生を通して実にうまく使い回しをしながら効率的に利用し、最後に実を結びます。このことをもっとくわしく見てみましょう。光エネルギーの獲得は、植物の成長にとって一番に重要なことです。田面が葉で覆われる頃までは、吸収した窒素の7割までを葉の形成に投資して光合成による物質生産を促します。そして、多くの葉が茂り、光が下の葉まで到達し難くなる頃には、茎に窒素を投資して茎の伸長を促し、イネ全体としてより多くの光を受けられるようにして光合成の効率化を図っています。光合成は、光が強いほど、そして葉の窒素量が多いほど活発です。これは、葉の窒素の多くが光合成の中枢器官である葉緑体に分配され、光合成機能を支えていることによります。出穂期を迎える頃のイネは、光が最もあたる最上位の葉から下位の葉までの間に大きな光強度の勾配が出来ています。葉への窒素分配もほぼこれに沿ったものとなっており、窒素の効率的利用が見事になされています。そして、穂が稔り始めると葉緑体のタンパク質をはじめとする栄養器官の窒素化合物の分解が盛んとなり、その窒素は穂へと転流し、子実形成に再利用されます。収穫期にはイネ全体の窒素の7割が穂へと集積され、見事な窒素のリサイクルをやってのけます。
 移動能力を持たない植物は、栄養素を自ら取りに行くことは出来ないし、また栄養素がいつも潤沢に供給されるとは限りません。植物がみせる栄養素の見事な再利用は、植物が生命を次世代に確かに伝えていくための重要な戦略とみてとれます。


まえ ただひこ
1943年生まれ
現職:東北大学大学院農学研究科教授
専門:植物栄養生理学