シリーズ食の哲学
<1> 食と遺伝子
機能性食品成分や微量栄養素による抗メタボ研究
駒井 三千夫=文
text by Michio Komai
 

  少子高齢化社会になり、「メタボリックシンドローム」(「メタボ」と略)の発症を何とか軽減していかなければなりません。薬に頼るよりも、毎日の食べ物のとり方によって軽減するほうが、個人の医療費もさることながら国の医療費も削減できることから、食品と栄養に関係する分野は脚光を浴びてきています。
 私たちは、食べ物やそれに含まれる栄養素の食べ方によりメタボを軽減する抗メタボの研究を行っています。すなわち、糖尿病・高血圧症・高脂血症などの悪くなった身体の代謝状態を改善させたり、あるいは悪い状態にならないような食品成分について検討しております。このような研究を行うには、最近では「DNAマイクロアレイ法」により、各種臓器における遺伝子発現を一度に網羅的に調べる方法が一般的になってきました。
 身体の基本単位は細胞であり、細胞の活動は、イオンや水などの無機物、タンパク質、糖質、脂質などの栄養素などによって複雑にしかも厳密に統御されております。なかでも、タンパク質は、遺伝子(DNA=デオキシリボ核酸)という暗号化された設計図を基に細胞内で作られます。細胞内では、遺伝子からタンパク質の合成に必要な部分だけが書き写された転写産物が作られ、それを基に酵素などの機能を持つ種々のタンパク質が合成されます。
 DNAマイクロアレイ(DNAチップ)とは、小さなガラスなどの基板上に数千から数十万の区画を整列し、そこにDNAを固定化させたものです。これを用いると、組織や細胞に存在するメッセンジャーRNA(mRNA=DNAの暗号に着実に基づいて伝令する役割を持つリボ核酸)の種類や量をハイブリダイゼーションと呼ばれる方法で検出し、各遺伝子の発現情報を知ることができます。
 ある特定の食品あるいは栄養素を摂取すると、主要な物質代謝の場である肝臓などでどのような生体応答が出てくるのでしょうか?これをゲノミクス(遺伝子解析)の視点から解析するのをニュートリゲノミクス(栄養ゲノミクス)と呼んでいます。たとえば、摂取した食品の違いによって(植物性油脂と動物性油脂を摂取した場合の比較など)、栄養素の代謝と貯蔵を行う肝臓ではどのようなことが起きているのかを遺伝子発現の変化から、一度に幅広く網羅的に解析することが可能になるのです。つまりは、どのような食事因子がメタボになりやすいかが、遺伝子発現レベルで分かるようになるのです(図1)。

図1
→たとえば、肥満につながる代謝酵素の発現が低下しているかどうかなどが色の違いで判る(赤い色の方が発現頻度が高いことを示す)

図1
栄養素や機能性食品成分による臓器のゲノミクス(遺伝子発現)解析法


 私たちの研究室で行った最近の食品成分を用いた実験例を紹介しましょう。米ヌカに含まれるフェルラ酸による肝臓での遺伝子発現変化を、DNAマイクロアレイ法を用いて網羅的に解析して新しい生理機能を見出しました。米ヌカには、もともと種々のメタボリックシンドロームを予防・改善する成分の存在が報告されていますが、中でもフェルラ酸は、抗酸化作用・血圧上昇抑制作用などを有します。私たちの遺伝子発現解析によって、フェルラ酸の一回の摂取によっても高血圧・脳卒中モデル動物(ラット)の高血圧の抑制作用と高脂血症改善作用のあることが分かり、抗メタボの機構解明につながる知見を得ました。現在、その詳細な機構を明らかにする研究を続けています。ほとんどが廃棄物にされている米ヌカの有効利用にもつながる研究となりました。
 また、ビタミンKの新しい機能の解明も行いました。このビタミンは、血液凝固因子タンパク質の生成に必須ですが、新たに骨形成に寄与していることが報告され、さらに私たちは、抗炎症作用と性ホルモン生合成に必須の成分であることを、このDNAマイクロアレイ技術を皮切りにしてさらに詳細な遺伝子発現解析によって証明しました(図2)。この技術は、食品・栄養素だけでなく、薬剤の投与による細胞や組織の応答、発がんや老化機構の解明など、さまざまな用途で使われています。

図2
図2
ラットの肝臓における遺伝子発現量のクラスター解析(右側に一部を抜粋)




花登 正宏 こまい みちお

1953年生まれ  
東北大学大学院農学研究科教授
専門:栄養学、ビタミン学、味覚生理学

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