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東北大学ひと語録

                    

《新しい物質や現象を実験から発見することなら、誰でもチャンスがある》

飯島 澄男
飯島澄男(いいじま すみお)

自ら開発した高分解能の電子顕微鏡で「カーボンナノチューブ」・「カーボンナノホーン」を発見。

『大学とは、新たなる進歩を企て、文明の先頭に立って進まんとするものである』

東北大学の初代総長澤柳政太郎(さわやなぎまさたろう)の言葉です。

では、文明の基本をなすものとは、いったい何なのでしょうか。歴史の教科書を思い出してみましょう。なぜ、「石器時代」、「青銅器時代」、「鉄器時代」などと分類され、命名されているのでしょうか。実は、人間が獲得した「素材・材料」こそが、人類の新たな進歩の段階を生み出す基となる決定的な要素と考えられているからです。

文明の基盤を創る「材料・素材研究」に、世界で最も実績を挙げ、貢献している大学。このように評価されるのが、実は、ここ日本、仙台に位置する東北大学なのです。


飯島澄男は、東北大学の輝く伝統を受け継ぐ、素材研究の世界のトップリーダーの一人です。

「日本人でもっともノーベル賞に近い男」と言われ、「カーボンナノチューブ」の発見者としてもあまりにも有名でしょう。この発見には、東北大学附置科学計測研究所での電子顕微鏡の研究と開発、さらには技術習熟が大きな武器となりました。

飯島が良く口にする、《 “電顕屋”としては誰にも負けない》との実績と背景があって、世紀の発見が生まれました。東北大学時代の電子顕微鏡との出会いが、飯島を輝かしい研究人生へと導いたのです。


飯島には、忘れられない体験があります。60個の炭素原子(元素記号C)がサッカーボール状に並ぶ「フラーレン」の構造を世界で初めて電子顕微鏡で捉えていた、つまり「見て」いたにもかかわらず「発見」までには至らなかったという現実です。飯島が見事なまでの美しい構造の写真も発表していた5年後に、「C60」つまり「フラーレン」が、たった1週間の実験で発見され、英国と米国の科学者3名は、後の1996年(平成8)にノーベル化学賞受賞の栄誉を得ました。

飯島は、ほんのちょっとのところで、「フラーレン」を発見しそこなったのです。


しかし、この体験で、飯島は、自分は先端の研究を走っているとの手応えを得ます。

「フラーレン」発見は、マスコミに大々的に報道される一大科学トピック。大勢の学者が続々と研究に参入しました。その中で、飯島は、あえてフラーレンの製造を可能にしたアーク放電でできた炭素の「煤」を、しらみつぶしに調べることにします。すると、どうでしょうか。電子顕微鏡にはフラーレンと一緒に針状の結晶がたくさん顕われました。発見した結晶は、自然界にはほとんど無い構造のものです。かつてフラーレンを見ていながら、発見には進めなかった飯島が、今度は、「新しい物質」を世界で始めて発見した瞬間でした。1991年(平成3)のことです。


ところが、興味を示してくれる研究者がほとんど現われません。1997年(平成9)ごろまでこのような状況が続きました。その中で、飯島は、自分のいわば手作りによる世界一高性能の電子顕微鏡で研究を進めます。針状の結晶が、中空のチューブ状炭素であることを明らかにします。分かりやすくいえば、金網を円筒状に巻いたような形。しかも、0.34ナノメートルの間隔で、いくつかの中空チューブが同心円状に入れ子構造になっていました。ナノメートルとは、10億分の1メートルのこと。髪の毛の10万分の1の細さです。

原子構造は、フラーレンと同じ六角形のグラファイト(黒鉛)構造です。チューブが単層のものも発見します。これらを、飯島は、「カーボンナノチューブ」と命名しました。

1998年(平成10)には、チューブの先端が牛の角のようにすぼんだ「カーボンナノホーン」も開発します。

「電顕研究二十年」で培ったそれまでの実験体験と研究手技と実績、そして研究者としての研ぎ澄まされた勘があって、はじめて結実した歴史に残る見事な研究成果でした。


これら一連の発見は、飯島を世界の注目の的とします。それも道理です。この肉眼では到底見えない小さい素材が、なんと鋼(はがね)より強く、もちろんはるかに軽く、しかも高温にも耐えられることが分かってきました。条件次第で、金属にも半導体にもなる性質まで持っています。これからどのように活用できるか、可能性がたくさん詰まった夢の素材だったのです。

ナノテクノロジー素材として、文明の進歩を促す魅力を持ったものとして、世界の科学者が競う大きな研究領域となっています。


文明の新たな進歩の基礎となる素材を発見した飯島は、若者に《…誰でもチャンスがある》との標記の言葉を贈っています。もちろん、《チャンスを逃すな。ポケットしちゃだめだ》の忠告も忘れません。青春時代を、日々真剣にいかに過ごすか。このことの大切さは、科学者だけに求められているものではありません。なぜなら、飯島は、「幸運は準備のできた者に味方する」ことを、何よりも己の身で実感しているからです。


英国の王立研究所では、あのマイケル・ファラデー以来の伝統ある「金曜講話」があり、世界の著名研究者が正装の紳士・淑女の前で話しをしています。1997年に招待の栄誉を得た飯島は、自らフルートを演奏してから講話を始めました。フルートもチューブ状ですと「カーボンナノチューブ」について話し始めたのです。このことは、いまでも語り草となっている魅力的なエピソードです。飯島には、ちょっと日本人離れのしたかっこのよさを感じます。人生への好奇心の強さと真剣さ、そして余裕が、英国の著名人を講話で沸かせるというスマートさを生むのでしょうか。

かつての東北大学の科学計測研究所で、研究に疲れた飯島が奏でる美しいフルートの音色を耳にした人たちがいまでもたくさんいる、ここ学都仙台、東北大学です。

いまも、文明を進歩させる人生を歩むに違いない第二、第三の若き飯島が、日々伸び伸びとかつ真剣、そして楽しく、目標に向け努力しているに違いありません。

1939年(昭和14)、埼玉県生まれ。電気通信大学卒業後に東北大学理学研究科の物理学を専攻、博士課程終了。大学院で電子顕微鏡の日本のパイオニア日比忠俊(ひびただとし)教授に師事。以後30年以上にわたる「電顕屋研究人生」が始まり、科学計測研究所(現在は多元物質科学研究所に統合)の助手として電子顕微鏡の研究に励む。電子顕微鏡の高分解能の開発に卓越した実績を挙げ、人類最初の「原子1個」の観察に成功。米国アリゾナ州立大学、英国ケンブリッジ大学、NECなどの研究員を歴任。夢の新素材「カーボンナノチューブ」、「カーボンナノホーン」を発見。材料工学に次々と新領域を開拓中。文化功労者、文化勲章受章。日本学士院賞・恩賜賞その他受賞歴多数。有力なノーベル賞候補者。名城大学教授。


文中敬称略、ルビ・カッコ内補注筆者。お子様などご家族にもお見せいただければ幸いです。
当シリーズへの、ご意見、ご要望をお待ちいたします。

主な参考資料
▽『カーボンナノチューブの挑戦』 飯島澄男著 岩波科学ライブラリー 岩波書店 1999年 ▽『「異脳」流出 【独創性を殺す日本というシステム】』 岸宣仁著 ダイヤモンド社 2002年 ▽『日本の科学者最前線 発見と創造の証言』 読売新聞科学部著 中公新書ラクレ  中央公論新社 2001年 ▽『成功にはわけがある 「創造力」の正体』 畑村洋太郎監修 朝日選書 朝日新聞社 2002年 ▽『言葉が独創を生む 東北大学ひと語録』 阿見孝雄著 河北新報出版センター 2010年





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