市民のための成人病の疫学(1)
『β−カロチンとがん予防』


久 道   茂=文
text by Shigeru Hisamichi

 これまで成人病といわれてきた脳卒中、がん、心臓病などは、「生活習慣病」と表現することになりました。成人病というと40歳あたりから注意をすればよいと思いがちですが、小児期からの生活習慣、特に食生活、運動、嗜好と深く関係があることが明かとなり、そこで、これらの疾患を予防するためには名前も変えた方がよいと考えたのです。
 さて、がんは日本人の死亡原因の第1位です。がんで死なないようにするにはがんを早期に発見して早期に治療すればいいのですが、それよりもがんに罹らないようにする方がもっと大切です。これまでの疫学(疾病の分布、頻度を調べ病気の原因や要因を明らかにする予防医学)研究から、タバコが多くのがんの原因で、緑黄色野菜が予防の働きをすることがハッキリしています。
 そこで、緑黄色野菜に含まれるβ‐カロチンを投与すればより予防効果があると考えました。このように予防効果があると考えられる物質を効率良く投与してがんの予防をしようとするのを化学予防(Chemo-prevention)といいます。
 しかし、抽出成分や合成物質を予防的に投与した場合の本当の効果は誰も分りません。そこで世界中でいくつかの研究が実施に移されました。ヒトを対象にした大規模疫学介入研究です。最も科学的で妥当性の高い研究は、無作為比較対照試験(RCTと略します)といって一般には「くじ引き試験」と言われているものです。β‐カロチンのがん予防効果を見る三つの大規模RCTがアメリカとフィンランドで実施されました。前者の中間分析結果が1996年1月に公表され、その意外な事実に世界中のがん疫学者が驚きました。結果は表1に要約したとおりです。
 なんと、β‐カロチンを投与した群の方が総死亡も肺がん罹患も増えているではありませんか。予想と全く逆だったのです。このため、世界中で実施中の介入研究は日本も含めて中止を決定したのです。このことから、われわれは大変重要な二つの教訓を得ました。

 一つは、「失敗の成功」です。研究そのものは予想に反した結果だったことから失敗に終わったのですが、有効成分と考えていたβ‐カロチンの投与が「有効でなかった」ことが科学的に正しい知識として得られたことです。もし、この研究をせずにβ‐カロチンの投与が続けられれば、今後十数年間全世界の健康被害と莫大な金の浪費は計り知れないかもしれないのです。これを未然に防ぐことが出来たのです。
 二つ目は、保健活動の原点「野菜に戻れ」を再認識したことです。緑黄色野菜には、β‐カロチンだけでなく、α‐カロチンなど他の物質が多く含まれています。今回の介入研究でのβ‐カロチンの量が過剰だったためか、自然物と合成物の相違なのか、いろいろ考えられますが、緑黄色野菜ががん予防に有益であることは変わりがありません。問題は、合成物などのβ‐カロチンのみの過剰投与は害あって益なしということです。それだけにβ‐カロチンは緑黄色野菜のマーカーだけだったのかも知れないのです。
 要は、がん予防には、食生活と禁煙が大事だと言うことです。

ひさみち しげる
1939年生まれ
東北大学医学部教授(医学部長)
専門:公衆衛生学、がんの疫学


広報誌コンクールで『まなびの杜』が奨励賞受賞




 『まなびの杜』編集室に、うれしいニュースが届きました。”平成十年度優秀広報誌表彰“の選考結果が文部省大臣官房広報室から平成10年11月30日に発表され、東北大学『まなびの杜』(第2号)が奨励賞を受賞しました。これは、国立大学などを対象とした広報誌コンクールで、今年の応募数は大学86校、高等専門学校48校を数えました。
 受賞の理由は、「地域、市民の大学理解を深めることを目的として出されたもので、創刊からまだ日が浅いが、学外向けの広報誌としては良くできている。惜しむらくは頁がやや少ないのが残念である」との評価を受けたことにあります。また、写真部門の総評においては「とてもリリカルでどこか詩的で洗練された妖精のような広報誌」との選評をいただきました。
 奨励賞には、”今後の精進が望まれる“との意味合いも込められています。それだけに、編集委員一同、市民の皆様に興味を持ってお読みいただける紙面づくりに努力していきたいと、決意を新たにした次第です。今後も、ご支援、ご協力の程、よろしくお願い申し上げます。