特集 キャリアデザインと経営戦略充実した人生と優れた企業経営に共通する論理

藤本 雅彦=文
text by Masahiko Fujimoto
 誰でも生きている間に1度や2度「人生って何だろう」と考えることがあります。進学、就職、結婚などの大きな岐路で選択を迫られたとき、困難なトラブルを乗り越えなければいけないようなとき、自分の人生にはどのような意味があるのか、どうすれば幸せな人生をおくることができるのか、ということを真剣に考えます。
 こうした人生の節目で自分の生き様を考えるということは、過去から現在までの人生を振り返り、自分自身を見つめ直しながら将来に向けてキャリア(人生の軌跡)をデザインする(描く)ことに他なりません。このような内省や省察を繰り返すことは、個々人のキャリア形成だけでなく、今日の企業経営にも共通するものなのです。
 企業経営とその活動を支える人間のキャリアには、目には見えないメカニズムや成功の法則などの論理が隠されており、それらを科学的に解明することが経営学者としての使命です。
予期せぬ出来事とキャリア・デザイン

 これまでの心理学や社会学などでの研究によって、人間のキャリアはどのようにして決定づけられるのかが明らかにされてきました。まず、遺伝的要素や特殊な能力(先天的資質)と環境条件です。生まれながらに与えられた個々人の身体的な特徴や天賦の才能と、地理的条件、文化、教育環境、労働環境などの自分が置かれている構造的な環境条件によってキャリアは決定づけられます。これらは自分でコントロールしたり変えたりすることができない先天的要因や構造的な環境要因です。そして、自分の意思や態度およびさまざまな出来事などの後天的要因によってもキャリアが大きく左右されます。
 昔の封建的な日本社会では出自などによって個々人のキャリアの大半が半固定的に決定されることも少なくありませんでした。しかし今日では、個々人のキャリアに関して多様な選択肢が拡大し、後天的な要因によって人生の大半が決定されると考えられています。
 最近のキャリア研究では、個々人のキャリアの8割もが予期せぬ出来事によって決定されているということが明らかになってきました。キャリアは用意周到に、綿密に計画し準備できるものではなく、予期せぬ偶発的な出来事に大きく影響されるということです。予期せぬ偶発的な出来事によって人生は多様な広がりを持てるようになるとも考えられます。
 では、人生の大半が予期せぬ出来事によって決定されるとすれば、自らの意思で将来に向けてキャリアをデザインしたり計画したりすることは意味がないのでしょうか。
 自分自身の価値観に基づいて大きな夢や方向感覚を持ち続けながら、少なくとも人生の節目では自分なりにキャリアをデザインすることが大切です。大きな夢や方向感覚とは、将来的な複数の選択肢の可能性をイメージできれば十分です。たとえば、大学の工学部を卒業して、製造企業で新しい技術開発に従事したり、経営者としてIT関連ベンチャー企業を経営したり、大学の研究者として研究や教育に携わったり、という複数の可能性を思いつくだけで構いません。

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夢のジレンマとキャリア・デザインの更新
 人生における夢には大きなジレンマがあります。働く社会人を対象とした最近のある調査によれば、学生時代に何らかの夢を持っていた人ほど、現在のワークライフ(職業生活)が充実して幸せを感じているという事実が明らかになりました。ところが、その中でも夢が途中で挫折して変更せざるをえなかった人ほど、より充実して幸せであると認識している事実も明らかになりました。自分のやりたいことや夢は実現するとは限りません。でも、必ずしも叶うことのない夢を追いかけることは、その挫折のプロセスにこそ意味があるのではないかということです。
 あらかじめ自分のやりたいことを明確にして詳細な将来計画を立てて着実に実行することは合理的かもしれませんが、必ずしも幸福な人生であるとは限りません。いくつもの夢の挫折を通して自分自身の価値観を見つめ直し、予期せぬ出来事との遭遇を楽しみながら生きていく方が人生の可能性を広げると同時に充実させるのかもしれません。
 ところが、「棚からぼた餅」とばかりにラッキーな偶発的出来事を何もせずにじっと待っているだけでは意味がありません。宝くじを当てるためには、宝くじを買うためのお金を稼いで宝くじを買うという積極的な努力をしなければ、偶発的に幸運をつかむ確率は0%です。つまり、霧の中のような不透明な将来に向けて足を踏み出さない限り、自分の人生に意味のある予期せぬ出来事との遭遇もなければ活用することもできません。
 そして、誰でも人生の節目では、自分の夢や方向性を見つめ直し、再びデザインすることが求められます。新たな節目では自分を取り巻く環境条件も変化し、途中で予期せぬ出来事に遭遇したり挫折したりすることが少なくありません。だからこそ人生の節目ごとにキャリアのデザインを更新し続けていくことが不可欠になります。

夢や戦略のデザインと実現の関係

 
不確実な時代の企業経営
 個々人の人生はしばしば航海にたとえられます。海図に航路を描きながら幾度も大きな波を乗り越えて世界中の大陸や島々を巡りながら船旅を続けるようなものだからです。同様に、企業経営も「海図なき航海」などといわれています。
 今日、人生の航海期間に相当する日本人の平均寿命は80歳近くになりますが、日本企業の平均寿命は30歳程度などといわれています。しかし、実際には、会社設立から100年も続く会社もあれば10年で沈没して倒産する会社もあります。会社の寿命を左右するのは、優れた経営戦略とその実践のあり方であると考えられています。
 戦後の高度経済成長から20年ほど前までの安定的な経営環境の時代は、会社を取り巻く経営環境を正確に分析して、5年先、10年先の目標を定めて長期的な経営戦略を策定し、それを確実に実行することが優良企業の条件でした。すなわち、経営環境が比較的安定している時代は、事前に的確な目標と経営戦略をデザインし、それを着実に実行すれば会社を発展させることができました。
 ところが、最近の技術革新などの予期せぬ出来事が次々に押し寄せる不確実で不安定な経営環境の時代は、目標や経営戦略の意味や位置づけが昔とは異なるものになりました。将来的な経営環境を正確に予想し分析することが容易ではなくなり、確実な目標や長期的な経営戦略をデザインすることがとても難しくなってきたからです。
 
経営戦略とキャリアのデザイン
 今日の経営戦略論では、事前にデザインされた「計画的な経営戦略」は3〜5年程度の中長期経営計画として具体化されますが、実行するプロセスで生じる予期せぬ出来事から派生する「創発的な経営戦略」を必然的に取り込むことが重要であると考えられています。あらかじめ計画された経営戦略は、3〜5年ごとに継続的に更新されますが、それらを実行するプロセスでは、事後的に生じる予期せぬ出来事を上手く活用しながら柔軟に実行することが求められます。
 今日の企業経営が「海図なき航海」といわれる理由は、社会的な存在価値としての企業理念を堅持し、先の見えない不確実な環境変化に的確かつ迅速に適応しながら自ら進むべき航路を探索し続けなければいけないからです。
 個々人のキャリアと企業経営に共通する論理とは、長期的な計画性と即時的な偶発性という2つの矛盾する要素をバランスよくコントロールする態度や能力が大切であるということではないでしょうか。



東北大学大学院経済学研究科教授・総長特任補佐 藤本 雅彦 ふじもと まさひこ
1959年生まれ
東北大学大学院経済学研究科教授・総長特任補佐
専門:経営組織論、人材マネジメント論
http://www.econ.tohoku.ac.jp/~fujimoto


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