医工学研究科の誕生 大学教育の潮流
出江 紳一=文
text by Shin-ichi Izumi
誕生の経緯

 2008年4月、日本で最初の医工学研究科が東北大学に誕生しました。医工学専攻博士前期2年の課程および後期3年の課程が設置され、それぞれ修士(医工学)および博士(医工学)の学位を取得することができます。東北大学には、大正14年の電気聴診器の開発など、日本における医工学研究を先導してきた伝統があり、その継承が本研究科に結実したわけです。

新たな原理の発見や技術開発をめざして

 医工学は、医学・生物学と工学の境界領域を埋めると共に、これらを深く融合させることによって革新的な医学と工学の発展を目指す学問分野であり、単に2つの領域の知識の吸収や2つの分野の協力ではなし得ない新しい学問分野です。そのため本研究科においては、工学と医学の知識・技術の習得ばかりでなく、これらによって生体や医学、医療に関する新しい原理の発見や工学技術の開発などを可能にする思考過程を構築させる教育を行います。

進路に応じた3つのコース

 本研究科は5つの基幹講座と5つの協力講座から成り、31の研究室があります。
 カリキュラムとして、図のように、将来の進路に応じて前期2年の課程に基礎医工学コース、臨床医工学コース、社会医工学コースの3つのコースが用意されています。
 基礎医工学コースでは、基本の学理を理解し発展させ得る基礎教育を通して医工学研究者の養成を目標としています。臨床医工学コースでは、基本の学理を現実の技術に展開する能力を涵養することで、革新的診断、治療技術を開発し得る指導者の育成をめざします。社会医工学コースでは、医工学の基本の学理と技術を習得するとともに、医療・医工学を取りまく法律、倫理、および社会的問題などの理解の上に、社会医療システムの改革の実現を探求する人材の育成を目標とします。
 例えば、筆者の担当するリハビリテーション医工学は社会医工学コースに含まれ、そこでは大学病院の中で補装具や福祉機器について学ぶことができます。病院で患者さんや医療スタッフと接し、補装具製作の現場を体験することにより、実験室では得ることが難しい多様な視点を身につけて欲しいと願っています。

卒業後の進路

 本研究科がどのような人材の育成をめざしているかを述べます。まず教育研究者としは、新しい医工学を築く能力を有する基礎的研究者で、大学教員や国公立研究機関の研究者になり得る人材です。次に、官庁職員としては、医療経済、法制などに広い知識を有する技術者で、わが国の医療行政や医工学関連の技術・政策立案、国・自治体などの医療プロジェクトの企画、国内・国際規格の創案、医療機器審査やその管理などに参画できる人材です。また、医療機器開発技術者としては、新しい医療機器の考案能力、組織工学・再生医療などの技術を備えた技術者で、医療機器や医薬品の関連企業に貢献、あるいは医療機器ベンチャーを起業できる人材です。そして、病院での機器管理者としては、病院内の診断治療機器の改良、管理などの知識と能力を備えた技術者で、病院の近代化計画に力を発揮できる人材です。

医学と工学の真の融合へ

 医師である筆者からみて、先端医療は工学なくしては存在しえず、医学と工学との距離が狭まっていることに異論はないと思います。一方で医学と工学の真の融合を実現するには、2つの学問の違いを深く思索し互いの学問の基本を理解する努力の上に立って、高い水準で粘り強く教育を実践していくことが必要と考えています。

医工学研究科の教育課程
図  医工学研究科の教育課程
(ホームページ http://www.bme.tohoku.ac.jp/ 参照)
前期2年の課程と後期3年の課程が用意されています。前期課程のカリキュラムは基礎科目と応用科目からなり、応用科目には基礎医工学、臨床医工学、社会医工学の3つのコースがあります。PBLはProblem-Based Learningの略で学習者が主体となる問題解決型の授業形態のことです。


いずみ しんいち

1958年生まれ
東北大学大学院医工学研究科教授・副研究科長
専門:リハビリテーション医学
http://www.rehamed.jp/


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