自然のすごさを賢く活かす新しいものづくり
「ネイチャー・テクノロジー」
石田 秀輝=文
text by Hideki Ishida
深刻な地球環境問題

 地球環境問題は、毎日のように報道されていますが、その全体を理解することは容易ではありません。地球環境の状況を評価する指標はいくつかあります。例えば、私たちが生活するのに必要な土地の面積(食料やエネルギー生産、環境浄化に必要な土地など)は、一人当たり2.2ヘクタール(Gha)です。一方、地球そのものが持っている再生能力は一人当たりで換算すると1.8Ghaですから、すでに、私たちの生活が地球に与えている負荷は、地球の再生能力を0.4Gha(22%)超えていることになります。言い換えると、地球が1.2個なければ今の生活を維持できないことになります。
 この値は世界すべての人々を平均的に取り扱った結果ですので、もし、世界中が日本人と同じ生活をすれば2.4個、アメリカ人と同じなら5.3個もの地球が必要になるそうです。もちろん、地球は増やせませんから、ものを「つくる―つかう―もどす」というサイクルの中で省エネルギーや省資源が可能な方法やシステムを創り、循環型社会への転換を進めなければなりません。


新しいものづくりへ
 しかし、現実には、多くの問題を抱えています。例えば、エコカーは増え、家庭電化製品は省エネ型になっています。しかし、大排気量の車も増えて車の平均燃費は悪化し続け、家庭のエネルギー消費も増え続けて1990年に比べて約3割も増えてしまいました。その要因の一つには、人は一度得た快適性や利便性を容易に放棄できないDNAを持っているのです。これを「生活価値の不可逆性」と呼びます。 
 この生活価値の不可逆性を肯定しながら循環型の社会を創っていくこと、すなわち、地球と人との両方を考えたものづくりが、今、とても大事であり、そのためには従来の延長ではなく、新しい切り口でのものづくりが必要です。このようなものづくりの一つが、ネイチャー(自然)・テクノロジー(技術)です。


ネイチャー・テクノロジーの活用
 科学技術は産業革命以来大きく発展してきましたが、その本質はこの地球に存在しないもの、あっても私たちがその存在を知らないものへの挑戦でした。ネイチャー・テクノロジーはこれと異なり、すでに地球に存在する自然のすごさを賢く活かす新しいものづくりです。地球ができて四六億年、自然生態系を含めこの地球のすべての営みは最も小さなエネルギーで完璧な循環をしています。
 例えば、クモの糸の断面を1Aにできれば、10t以上の重さのものを吊り下げることができます。ヤモリが壁や天井を走るメカニズムを利用すれば、どこでも走れる車ができるかもしれません。温泉地帯では100℃程度でも岩石ができています。こんな素敵な自然を科学の眼で観て(ネイチャー・ミミックリー/自然を理解する)、その中から環境負荷を革新的に下げる技術(ネイチャー・テクノロジー)を創り上げたいと思っています。
 ネイチャーテクノロジー素材は、まだあまり見つかっていませんが、例えば、土を使った無電源エアコンづくりに挑戦しています。土の粒子と粒子の間には、数ナノメートル(10億分の数メートル)の隙間があり、この隙間と土の表面の性能が、湿度を調節したり、臭いを浄化したりする機能を持っています。この土の機能を壊さないよう、温泉地帯で石ができるメカニズム、「水熱固化」(蒸して固める)を使うことで、無電源で呼吸する壁や床を少ないエネルギーで作ることができます。試験では、気持ちよく暮らして20%近い生活エネルギーを減らせることもわかってきました。
 今、ネイチャー・ミミックリーの素材を沢山集めてインターネット・ショールームをつくっています。皆さんが自然って素敵だなぁ、ワクワクドキドキするなぁと思って頂けるショールームです。いろいろな情報があれば、ぜひ教えてください。


いしだ ひでき

1953年生まれ
現職:東北大学大学院環境科学研究科 教授 
専門:環境材料学、環境学 
http://ehtp.kankyo.tohoku.ac.jp/ishida/

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