松原 明紀=文
text by Akinori Matsubra

 皆さんは食料・農業・農村に関する話題としてどんなものをご存じでしょうか。
 最近では、食料の分野ではBSE(牛海綿状脳症)、食品表示、食料自給率などが、農業の分野では耕作放棄地の増加、株式会社の農業参入などが、農村の分野ではグリーンツーリズム(農業体験活動、農家民宿など)などが目立つところでしょうか。また、WTO(世界貿易機関)やFTA(自由貿易協定)といった国際交渉に関しても農産物の関税が話題となることがあります。いずれも国民の関心が高いものであり、また、解決が難しい問題も含まれています。
 この特集では、私が農林水産省で政策立案に携わった経験も踏まえて(現在は本大学に出向中)、食料・農業・農村をめぐる問題への政府の関わり方、とりわけ、今年の3月に「食料・農業・農村基本法」に基づく「食料・農業・農村基本計画」が変更されたことを踏まえ、この「基本法」と「基本計画」を通じての関わり方について解説します。

 

「政策」と「基本法」

 様々な問題への政府の関わり方は「政策」と表現できます。更に「政策」を定義するならば、「生じている問題への対応方針とその方針に基づいて採用される解決手段の総称」として差し支えないでしょう。
 食料・農業・農村に関する政策(以下「食料・農業・農村政策」と略)が組み立てられていく過程(以下「形成過程」と略)を考察するに当たっては様々な視点があります。例えば、政党、各府省、関係団体、マスメディアなどの主体間の相互関係の視点、三位一体改革に見られる「霞ヶ関」(中央官庁)と「地方」(地方公共団体)との関係の視点などが興味深いところですが、この特集では、食料・農業・農村政策の形成過程において食料・農業・農村基本法が果たしている役割に焦点を当てることとします。

(注)特定の政策分野における理念や政策の方向性を明らかにし、体系化・総合化する法律として「基本法」が制定されることがあります。食料・農業・農村分野においては、1999年に「食料・農業・農村基本法」が制定されています。




食料・農業・農村基本法の
制定の背景

 1993年12月にガット・ウルグァイ・ラウンド農業交渉が合意されるなど、かつての「農業基本法」の制定時1961年と比べて、国際化の進展などの経済社会情勢の大きな変化が明らかとなり、また、食料自給率の低下、耕作放棄地の増加と農業者の高齢化などが顕著となってきました。一方で、食品の安全性など「食料」への国民の関心が高まるとともに、国土や環境の保全、良好な景観の形成などの多面的機能(写真を参照)を果たすものとしての「農業」・「農村」を再評価する動きが見られるようになってきました。このような背景の下に、農業基本法を廃止して、食料・農業・農村基本法が制定されたのです

 


食料・農業・農村基本法の特徴

 食料・農業・農村基本法の特徴は次の3つに整理できます。
(1)題名にも表現されているとおり、対象とする政策分野については、農業政策のみならず、広く食料政策及び農村政策も加えた三本柱としたことが第一の特徴です。
(2)国が食料・農業・農村政策を行う根拠に関連して、4つの理念(食料の安定供給の確保、多面的機能の発揮、農業の持続的な発展及び農村の振興)を掲げたことが第二の特徴です。国民全体の視点から農業・農村に期待される役割として「食料の安定供給の確保」と「多面的機能の発揮」を掲げ、この2つの役割が果たされるために「農業の持続的な発展」、「農村の振興」が必要であるとしました(図を参照)。
(3)また、「食料・農業・農村基本計画」を閣議決定し、5年ごとに変更することとしたことが第三の特徴です。



食料・農業・農村基本法と政策形成過程

 最近の食料・農業・農村政策の形成過程を理解するに当たっては、第三の特徴である「食料・農業・農村基本計画」の存在が鍵になります。
 農業基本法が政策の理念および政策の方向性を定めるのにとどまり、具体的な政策の実施に至る道筋までは定めておらず、経済社会情勢の変化の中で次第に基本法と具体的な政策の間にかい離が見られるようになりました。政府も時代の状況に応じて審議会の答申を受けるなどにより政策の方向性の実質的な修正を図ったものの、その時々の対応に追われる状態に陥ったとの反省がありました。
 この反省を踏まえ、食料・農業・農村基本計画は食料・農業・農村基本法と具体的な政策の「架け橋」になるものとして策定されます。すなわち、10年を目標期間(5年ごとに変更)とし、基本法で定める理念の実現に向けて、具体的な政策についての基本的な考え方とその実施に至る道筋が記述され、これに基づいて個別の具体的な政策が立案・実施されていきます。
 例えば、2005年3月の基本計画の変更においては、農地の有効利用や耕作放棄地対策を進める観点から農地制度の改正のための法律改正を行うことが盛り込まれました。これをうけて、「農業経営基盤強化促進法等の一部を改正する法律案」が作成され、国会で可決・成立となっています。また、現在40%の食料自給率を向上させるためには、関係者(政府、地方公共団体、農業者団体、食品産業事業者、消費者団体)が一体となった取組が必要であり、協議会を設立して推進するべきであると基本計画に盛り込まれたことから、直ちに「食料自給率向上協議会」が設立され(4月)、関係者ごとの役割を明らかにした具体的行動計画も作成されています(5月)。

(注)このほか、現在は麦、大豆などの作目別に講じられている価格・経営安定政策を見直し、政策の対象者を明確化した上で、2007年産から新たな政策に転換するとの基本的考え方が基本計画に盛り込まれたことをうけて、農林水産省で具体的な制度設計(法律改正や予算措置)を検討中です。


 このように、現在の食料・農業・農村政策については、「基本法→基本計画→法律案・予算案の作成などを通じて出来あがる個別の具体的な政策」といった、基本法・基本計画を軸とした政策形成が行われているものと分析できます。


基本法・基本計画を軸とした政策形成の意義

 基本計画の変更を審議した「食料・農業・農村政策審議会」においては、農業関係者だけでなく、消費者、経済界、その他の学識経験者なども参加し、また、資料や議事録はすべて速やかに農林水産省のホームページ上(http://www.maff.go.jp/keikaku/index.html)に公開されました。
 かつての農業政策については、狭い範囲の関係者によって密室で決定されるとのイメージがあり、透明性・合理性に欠けるのではないかとの批判がありました。最近は多くの中央官庁で情報の公開・発信に熱心になってきましたが、食料・農業・農村政策の分野においても、その推進に当たっては広く国民の理解が不可欠であるとの観点もあり、オープンにすることによって外部からの事前・事後のチェックが可能なようになっています。
 基本法・基本計画を軸とした進め方は、政策形成過程の透明化と採用される政策内容の合理化にも寄与しており、積極的に評価できるものと考えられます。


まつばら あきのり

1963年生まれ
現職:東北大学大学院法学研究科
   (公共政策大学院)教授
専門:農業法、農業政策



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