太田 信=文
text by Makoto Ohta

医学に対する工学の役割

 病気の治療に関する研究と一言でいっても、実際には、病気の発見法、診断法、病気の治療法、治療後の経過診断法など、色々なことを考えていく必要があります。そのため、これからは、医学・薬学の人たちだけではなく、工学の人たちも大いに関わっていく必要があります。
 例えば、脳動脈瘤という病気があります。これは、脳の動脈にできる「こぶ」ですが、これが破裂すると頭蓋内出血をおこし、破裂した人の四割が死亡してしまうなど、非常に危険な病気です。ところが、この動脈瘤はいつできるのか、なぜできるのか、いつ破れるのか(もしくは破れないのか)など、動脈瘤に関することはほとんどわかっていません。疫学的には、タバコを吸う人、女性、高齢の人などにできやすいと言われていますが、工学的にこれを観察すると、「血流と関係がありそうだ」、「血管の強さ(弱さ)が原因だろうか」、「周りの骨の影響は?」など、いろいろなことが考えられるかと思います。これらがわかってくれば、診断法、血流制御の方法や全く新しい治療法の開発などに結びつくことができます。このような「現象の定量化」は、工学の得意とするところであり、このような分野では、工学と医学がお互いに得意分野を活かして情報交換をしあう必要があります。

人体のモデル化

 治療法が確立しても、お医者さんの治療技術が備わっていなければ意味がありません。高度な技術を要する治療は年々増えており、ますます高度な知識と多くの経験が必要です。治療法の開発段階で動物実験などが行われておりますが、これらは動物愛護の問題など、さまざまな問題を抱えています。
 この問題を解決する一つの方法は、シリコーンなど高分子材料で、血管の形状を作り上げたモデルを使うことです。しかしながら、今までのモデルは、表面摩擦が高く、モデルの物性値も血管の本当の値とはとてもかけ離れており、お医者さんにとって使い勝手が良くないものでした。
 東北大学流体科学研究所 生体流動研究分野では、脳血管の物性値に非常に近く、患者さんそのものの脳血管の形状を転写したモデルの開発を行っています(図1)。そして、新しい高分子材料を用いることにより表面摩擦係数や物性値が血管に近く、さらに血流と血管もよく見えて、使いやすいモデルを開発することができました。あるお医者さんは、モデルを触ってみて「若い患者さんの血管の感触にとてもよく似ている」と言っておりました。現在では、お医者さんの手術訓練の他に、手術シミュレーションや手術計画のために使われており、世界中から非常に注目を浴びています。また屈曲性にすぐれたカテーテルの開発にも役立ちます。さらに、最近では脳血管だけではなくさまざまな臓器のモデル化に応用されようとしています。
 モデル開発の研究は、その重要性が認識されているにもかかわらず、世界でも数カ所でしか行われておりません。それは、モデルを開発するには、材料学、生体力学、設計学などの幅広い工学的知識を必要とした上に、お医者さんとの議論を十分に重ねなければ、生まれてこないものだからです。当研究室では、お医者さんが持っている「感触」を十分に汲み上げ、工学的な材料定数に置き換え、材料を決定し、作製法を開発していくといったプロセスを組んで研究を進めています。

治療に対する工学の役割 ―インプラント―

 脳動脈瘤の治療のひとつに「ステント」と呼ばれる網状のチューブのようなものを血管の中から動脈瘤がある場所まで入れていき動脈瘤の入口に蓋をすることで、動脈瘤内の血流速度を落とし血栓化させる方法があります(図2)。このような、身体に埋めて治療に使われるものをインプラントと呼びます。このインプラントを工学的に見ていきますと、「形状、材料、材質(生体と比べて硬い?強度が高い?長持ちする?)などは何だろう?」「材料自身の生体適合性はどうだろうか?」「血流との関係は?」「動脈瘤をどうやってみるか(MRI、CT、DSA、超音波)?」など、工学的発想が生かされる部分がたくさんあります。
 例えば、現在のステントは術者がどれだけ使いやすいかにかなり重点が置かれています。近年、コンピュータを用いてステントのデザインを検討したところ、ステントのストラット(ステントを形作る骨格のようなもの)のデザインなどによって、動脈瘤に流れ込む血流の速さに違いがあることがわかってきました。この現象は世界で初めて明らかにされたことです。この発表後、世界では血流の速さ制御を備えたステントの開発が進みました。このように、医療で実際に使われているインプラントに工学的発見・着想を加えることで、改良が非常に進むことがあります。
患者さんが使いたくなるようなインプラントを!
 現在のインプラントや医療装置市場は、大変な輸入超過で、また残念なことに、実際には日本人の身体の大きさに合わないようなものも使われています。私は、患者さんに自分の作ったインプラントを見せて、納得して安心してもらえ、患者さんも欲しくなるようなインプラントを作れればと思っています。現在工学の人が患者さんと接する機会はほぼ皆無ですが、このような機会がもっと増えればと願っています。

血流研究の最前線:流体科学研究所

 日本の死亡三大疾患はがん、心臓病、脳卒中ですが、このうち心臓病と脳卒中を血管・血流の病気として合わせますと、死亡原因の最大を占めることになります。そのため、世界中で血管や血流に関する研究が数多く行われています。流体科学研究所でも当研究分野の他に、赤血球、白血球一つ一つの動き、測定と数値シミュレーションを融合させた血流計測法の開発などが盛んに行われています。
工学分野には古くから「粉」を流して流速を測る方法があります。当研究室では、この方法を分解能(解像度)にすぐれたDSAと呼ばれる血管造影法に応用して、脳動脈瘤内の血流測定法の開発を行っています(図は左記ホームページから参照下さい)。血流測定が手術中に簡単に行うことができれば、その手術の結果や術後の予測がたてやすくなり、すぐに次の治療方針をたてられるようになるでしょう。このように、工学の知識を医療に直結して活かされていくのは、とても意義深い研究だと考えています。

医工学の最前線:東北大学

 工学と医学を融合させたこのような分野を、医工学(また医療工学、バイオメディカルエンジニアリング)と呼びます。東北大学には先進医工学研究機構があり、私を含めて流体科学研究所からも加わっていますが、世界でも最先端の医工学に対する教育と研究がされています。また、工学研究科バイオロボティクス専攻でも多くの医工学教育と研究が行われています。少しでもこのような分野に興味を持たれましたら、いつでもお越し下さい。大歓迎致します。


おおた まこと

1970年生まれ
現職:東北大学流体科学研究所 助教授 
   (先進医工学研究機構 兼務)
専門:生体材料学、生体力学、医療工学
関連ホームページ:http://www.ifs.tohoku.ac.jp



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