[研究室からの手紙]
医療や福祉や少子化対策も経済学で
吉田 浩=文
text by Hiroshi Yoshida

加齢経済学とは

 加齢経済学(エコノミクス・オブ・エージング)とは、少子・高齢社会が経済に及ぼす影響や、逆に現在の社会・経済システムが人々のライフ・スタイルなどに及ぼす効果を分析する学問です。
 日本の社会が高齢化していることは、皆さん新聞やテレビなどを通じてよくご存じだと思います。高齢化社会にもいろいろな段階があります。人口に占める高齢者(通常は65歳以上の方)の割合が7%を越えると「高齢化社会」、倍の14%を越えると「高齢社会」と呼ばれます。
 日本は、2000年の国勢調査で既に17%を越えているので、わが国は既に「高齢社会」に突入していることになります。「来るべき高齢化社会に備えて…」というような段階ではないことになります。

福祉と経済は水と油か?

 加齢経済学は、高齢社会について分析する学問です。特にその中で社会保障や福祉制度の設計は大切な分野となっています。ところが、「福祉は思いやり、経済は弱肉強食で仲が悪いから、福祉を経済学で分析することはできないのではないですか」とよく質問されます。
 確かに、経済学は効率性を追求するので、そのような人は「経済学で分析されたら、きっと福祉は切り捨てられるに違いない」と心配しているのかもしれません。
 しかし、経済学で効率性を追求することは、「同じお金でも、工夫次第でもっとたくさんのモノを買えないだろか」と考えることですから、その知恵をうまく福祉に当てはめて、「同じ予算で恵まれない人々をもっとたくさん助けてあげることはできないだろうか」と考えることになります。
 福祉の熱いハートを経済のクールなヘッドで進めて行くのが福祉の経済分析の大事な考え方です。ですから熱いハートが燃えたぎるあまり、頭も熱くなってしまって冷静な判断を失わないようにすることが、高齢社会の福祉政策には必要となるわけです。

少子化の要因の解明へ

 加齢経済学は高齢者ばかりを分析の対象にしているわけではありません。確かに、高齢社会とは、お年寄りの多い社会ですが、裏を返せば若者の少ない社会ということになります。この社会現象を端的に表現するのが「少子化」です。
 加齢経済学では、この少子化現象も経済分析の対象とします。「どうして子供をもうけないのですか」という質問は、「どうして子供をもうけるのですか」、「あなたにとって子供の役割はどのようなものですか」と置き換えて考えてみることもできます。このようにして、子供の役割(可愛らしいという楽しみをもたらしてくれる存在、老後に面倒を見てくれる存在、家業や商売を引き継いでくれる存在などを経済学的に定義づけていきます。その上で、老後の福祉制度の完備や子供を育てることの費用の増大が、これまで子供の持っていた役割や魅力を薄れさせてきたことを数量的に評価して分析し、少子化の要因の解明を進めています。
 ところがある日、統計学や微分等の手法を駆使して、少子化の分析結果を報告していた若い大学院生に対し、聞いていた社会人大学院生の年配のご婦人が一言述べられました。

※合計特殊出生率は、女子が一生の間にもうける子供の数を表す。

「子供って、増やしたり減らしたりできるものではなくって、授かるものではないの?」
 皆さんは、この少子化の問題をどう思いますか。もし、もう子供の数を政策的に増やすことができないとすると、西暦3千年には日本人の数はたった1人になるそうです。そうならないように、今日も我が研究室では子供の数のコンピュータ・シミュレーションが行われています。


よしだ ひろし

1964年生まれ
現職:東北大学大学院 経済学研究科 助教授
専門:加齢経済学、財政学
http://www.econ.tohoku.ac.jp/~hyoshida

ページの先頭へ戻る