「プロバイオティック乳酸菌の智慧に学ぶ食健康科学」
超高齢者社会に対する
高機能性ヨーグルトの提案
齋藤 忠夫=文
text by Tadao Saito
 ヒトの腸管には100種類もの細菌が住み、その数は100兆個にもおよびます。これらの腸内細菌は私たちと共生関係にあり、排泄物重量の4分の1を占める重要な微生物です。私たちの健康は、基本的には腸内での有用菌と有害菌との細菌バランスの上に維持されると考えられます。この腸内細菌のバランスを改善して私たち宿主の健康に寄与する有用な生きた微生物は「プロバイオティクス」と呼ばれ、この機能を持つビフィズス菌などの腸管系乳酸菌はヨーグルトなどへ利用され最近とくに注目されています。
 私たちの研究室では、来るべき超高齢者社会用の推奨食品として、乳をベースに栄養価と消化性が高く、プロバイオティック乳酸菌を安全に腸内に供給できる担体(キャリアー)機能をもつヨーグルトの研究を進めています。最近の遺伝子工学的手法によりスーパー乳酸菌を作出・利用することも可能ですが、食品成分としての安全性を考えると自然界の優れた乳酸菌を探索することが大切です。そこで、健康を願った私たちの新しい研究のいくつかを紹介したいと思います。

 

乳糖分解能の高い乳酸菌

 ヨーグルトは、乳に乳酸菌を加えて発酵させた食品です。有害菌の増殖を抑えるためには極めて短時間で乳酸菌数の増える必要があり、そのために乳酸菌には乳中の糖源である乳糖を効率良く分解できる酵素が必要です。乳酸菌は乳糖分解で得たブドウ糖から解糖系でエネルギー源(ATP)を作り出す代謝過程で「乳酸」を作り、乳のpHを下げることで雑菌の増殖を防ぎます。ヒトの腸管には乳酸桿菌のガセリ菌が多く、とくに強い乳糖分解菌を選抜しました。この菌は、フォスフォ‐β‐グルコシダーゼという酵素により乳糖を加水分解する珍しい乳糖代謝系を持つことを明らかにしました。この菌を摂取すると、腸内でも増殖して高い乳糖分解性を維持してくれるため、日本人に多い「乳糖不耐症」という牛乳に弱い体質を防ぐことが期待できます。

 

抗菌性ペプチドを作り出す乳酸菌

 多くの乳酸菌は、増殖の過程で他の菌の生育を阻害する抗菌性のペプチド(バクテリオシン)を作ります。私たちは、ヒト腸管に住む有用な乳酸桿菌の多くがバクテリオシンを作ることに気が付き、探索を開始しました。その結果、黄色ブドウ球菌などの食中毒原因菌にも広い抗菌活性をもつガセリ菌より「ガセリシンA」を取りだし、その構造を明らかにしました。このバクテリオシンは、有害菌の細胞膜に孔を開けて菌を殺してしまう能力を持ち、ペプチドの末端同士が結合した珍しい環状構造をしており、二次構造にも特徴がありました(図1)。この菌を摂取すれば、私たちの腸管内でガセリシンAを作りだし、有害菌や食中毒菌の生育を抑え続けてくれることが期待されます。また、最近では動物医薬方面での有用性が示され、家畜動物の生産現場において抗生物質の使用量を減らし、その結果として抗生物質耐性菌の出現抑制にも大きく貢献することが期待できます。

図1 抗菌性ペプチド(バクテリオシンA)の構造

 

ヒト腸管付着性の高い乳酸菌

 ヒト腸管において、プロバイオティック乳酸菌が腸管に接着して増殖する機構はまだ解明されていません。乳酸菌の表層にはレクチンという糖質を認識するタンパク質があり、これが腸管表面を覆って組織を保護している「腸ムチン」という糖タンパク質の糖鎖を認識・結合することで腸管付着性を獲得し、菌の安定的な増殖に繋がっていると考えられます。私たちは、まずヒト腸管付着性の高い乳酸菌を選び出す新しい方法から確立させました。それを用いてヒト腸管付着性が高く乳中での生育性の良いアシドフィルス菌を選抜し、実際にこの菌を用いたヨーグルトを開発しました(図2)。これにより、頻繁に食べ続けなくても腸管内で増殖を続けて、安定的に宿主の健康を守ってくれる発酵食品の作出に成功しました。このヨーグルトには、乳タンパク質から誘導した血圧を下げる作用をもつ「乳清ペプチド」も添加し、より機能性を高めました。

図2 腸管付着性アシドフィルス菌を用いた機能性ヨーグルト

 

腸管免疫系を活性化する乳酸菌

 ヨーグルトなどに利用される乳酸菌の中には、夾膜性多糖や菌体外多糖を作る菌があり、それらの中でリン酸化されている多糖は、免疫活性化能力の高いことを明らかにしました。また、乳酸菌の一部は腸管パイエル板のM細胞より吸収され、菌体の細胞壁を作っているペプチドグリカン、テイコ酸や菌体内の染色体DNAの消化に伴う分解断片(モチーフ)が、免疫を担当するリンパ球を活性化させる機構の一端を明らかにしました。ガセリ菌やブルガリア菌の染色体DNAの分解断片が、樹状細胞表面のトールライクレセプター(TLR)9などの機能性タンパク質に認識され、その結果多くのサイトカインを生産して、免疫系を活性化させる機構を推定しています(図3)。このように、これまで乳酸菌やヨーグルトは健康に良いと言われてきた疫学的な学術調査に対して、分子レベルでの科学的な解明が始まろうとしています。

図3 乳酸菌成分のTLRを介する免疫活性化機構

 

おわりに
 腸管に微生物がいない動物では成長が早いという研究結果がありますが、病気に対する抵抗性の弱いことが知られています。私たちの腸内に住む多くの細菌は、摂取した食物の栄養成分を少しだけ横取りしますが、それ以上に私たちに多くの恩恵をもたらしてくれています。例えば、ビオチンなどのビタミン類が不足しないのもこれらの腸内細菌が作ってくれるからです。また、食事から思わぬ有害な微生物が入り胃酸や胆汁酸で死滅しなかった場合にも、小腸や大腸に住むたくさんのプロバイオティック乳酸菌により増殖が抑制され、大事には至らない場合が多いのです。
 これからも、私たちは腸管系乳酸菌と理想的な関係で共存共栄していくことが大切です。そのために、予防食品医学の視点からもより優れた乳酸菌を自然界より選抜し、その有用な性質も科学的に明らかにし、それらの研究成果をさらに機能性ヨーグルト研究などに進展させて行きたいと考えています。

さいとう ただお

1952年生まれ
現職:東北大学大学院農学研究科 教授
専門:ミルク科学、畜産食品科学、応用微生物学
関連ホームページ:
http://www.agri.tohoku.ac.jp/douka/index-j.html

 


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