ダイオキシンの毒性
 ダイオキシンと聞いて、一般の方はどのようなことを思い浮かべられますか。さしずめ、こわい毒物と思われるのが、もっとも普通の感覚でしょう。まず、何がこわいかと言えば、目に見えないことが挙げられます。人には、「目に見えないものをこわいと思う気持ち」と「具体的に目に見えるとこわいと思う気持ち」の両方があります。どちらかというと「目に見えないものをこわいと思う気持ち」の方が、想像力の作用で、よりこわいものです。その典型が放射能でしょう。
 こわい毒以外に浮かんでくるのが、ごみの焼却場ではないでしょうか。一昨年に注目された能勢、昨年の所沢のダイオキシン報道で、一時パニックになりました。ごみは燃やしてはいけないとの報道がなされ、焼却場の立地ができなくなる傾向があります。仙台でも、新しい焼却場の建設が大きな問題となっています。
 では、実際にどのぐらいの毒性があるのでしょうか。具体的に知っている方は、意外に少ないのではないかと思います。私は、毒性に関しては素人ですので、まったくの受け売りですが、急性毒性と環境ホルモンとしての毒性が指摘されています。


 まず、図1にダイオキシン類と総称される物質の化学構造を示します。(a)PCDDと略称されるいわゆるダイオキシンです。化学的にはベンゼン環に塩素が結合しているものを2つの酸素で結びつけています。ここで話は省略しますが、塩素のつき方や空間的ねじれ方で異性体といわれる兄弟みたいな化合物が75種類あり、このために研究が大変であると言われています。(b)が酸素一つで塩素付きのベンゼン環を結んでいるフランといわれる化合物です。(c)がPCBで、これは酸素を介さず、直接ベンゼン環が結合しています。これらすべてを総称してダイオキシン類と呼ばれています。
 PCDDの中では、2378TCDDと略称されるダイオキシン化合物が非常に毒性が強く、これはふぐ毒の10倍の毒性があると言われています。この2378TCDDを基準として、あとはその相対的な数値が図1に示しているような国際毒性係数で決められています。この値も時代によって少し変化しますが、2378TCDDが最も強い毒性を持っているのは間違いないとされています。
 PCBの場合は、完全に平面を保つコプラナPCBの毒性が高いといわれていますが、急性毒性はそれほどでもありません。最近問題とされているのは、急性毒性ではなく、環境ホルモンとしての毒性です。したがって厳しい規制値が定められています。たとえば排水基準は10ピコグラムであり、これはオリンピックプール1000個分の水に涙1滴(1mgと仮定)を許さない数値です。いままで人間はこのような微量な量の制御を行なってきた経験はほとんど持っていません。それがまた問題の解決を難しくしています。
 ただ、環境ホルモンとしての毒性が問題となるのは、妊娠中の女性に最も厳しく、次に乳幼児、若い人です。友人の医者に言わせると、私のような中年の男性はあまり問題ではないと乱暴なことをいいます。なお規制値にTEQという記号が入っていますが、これは毒性の換算値を意味しており、実際のダイオキシンの量ではありません。前述しましたように、ダイオキシン類でも種類としては毒性がない方が多いのです。
 現在、厳しい排出規制がかけられて、日本全体のダイオキシン類の排出量は低下しています。図2にダイオキシン類の発生源と排ガスの新規制値を示します。最も多いのはやはり現在でも一般廃棄物焼却炉で、次は産業廃棄物焼却施設と続いています。昨年の統計では、やっと全体で1kgを切ったようです。それでもヨーロッパ諸国よりは、かなり大きな値になっています。

金属のリサイクルでダイオキシン類が発生
 ところで、私の専門は、金属のリサイクルプロセスの開発やそれに関する物理化学的な研究で、いわゆるごみや廃棄物を専門に扱ってきた人間ではありません。では、なぜダイオキシン生成機構や分解機構の基礎的な研究を行っているのでしょうか。それには、「地球環境の保全」という大きな問題が関わってきます。金属はリサイクルできるということで、最近見直されている材料です。一時、構造物はセラミックスとプラスチックに置き替わるといわれたことがありますが、そうはならないようです。金属は、貴金属は当然としても銅、亜鉛、アルミニウム、マグネシウムだけでなく、最も生産量が多い鉄までもかなりの高い割合でリサイクルされています。金属のリサイクルは、いわゆる「循環型経済社会の構築」とか「持続可能な発展」という耳当たりの良い目標を具体的に実現するための大きな要素の一つとなっており、現代の高度な産業社会で重要な位置を占めています。ところが、金属のリサイクルを行うとやはり高温で溶解する作業が入ります。その際にガスも発生し、通常リサイクルをしなかったら発生するはずのないダイオキシン類が発生するのです。
 図2に1997、1998年の統計が出ています。焼却施設ほどではありませんが、かなり排出しています。製鋼用電気炉とは鉄スクラップのリサイクルですし、鉄鋼業焼結工程は製鉄のための作業の一つですが、これも内部で発生する副産物のリサイクルが大きな原因となっています。亜鉛回収業は鉄のリサイクルを行ったときのダストから枯渇性の亜鉛を回収する産業で、アルミニウム合金製造業も実はアルミニウムのリサイクルを行っているのです。つまり焼却施設に続くダイオキシン類の発生源は、すべて金属リサイクルを推進している施設となっています。

ダイオキシン類の抑制技術
 現在は焼却炉で問題になったため、排ガス中のダイオキシン類の抑制技術はほとんど確立されました。通常は、〈1〉ガスを高温にしてダイオキシン類を分解し、〈2〉分解したガスを急速冷却し、ダイオキシン類の再合成を防ぎ、〈3〉活性炭や石灰を噴霧した後バグフィルターで回収、それでもだめな場合は、〈4〉特殊な触媒を使用して分解すると以上4つの技術で、0.1ng TEQ/Nm 3という新規制値をクリアすることは可能です。しかしながら、これらの技術を入れると、高温にしたガスのエネルギー回収が十分に行えないことや、大幅なコスト上昇になります。簡単に言えば、一般焼却炉は税金で作られますので高価でも前述の排出防止技術の導入が可能です。しかしながら、金属のリサイクル業は国際競争力を持たなければいけません。そのためには十分なエネルギー回収を行い、できるだけ安価な防止技術を開発する必要があります。
 ところが、そのための基礎的な研究はあまり十分ではありません。たとえば排ガス規制値ですが、このような極微量になりますとガス中に蒸気として存在しているのか、超微粒子に付着しているのを捕まえているのか、わからないのです。いわゆる低温での非常に低い蒸気圧のデータはありません。そのようなこともわからないのでは、本当に効率的な排出防止技術は開発できないのが実情です。現在、この低温における低い蒸気圧の測定を行うための準備をしています。予定通りに進めば、来春には世界で初めてのデータが測定されることになる予定です。
 私たちは、ダイオキシン類の基礎研究は、これからのリサイクル型社会を形成する上で欠かすことのできない研究と位置づけて、努力しています。
 最後に一言、やはりごみは、できるだけ出さないように心がけ、出すときは面倒でも指定された分類を行って出しましょう。1人1人がこれを実行することで、後の処理の負担が大きく違ってきます。この小さな積み重ねが、大きな効果を生み出すことでしょう。

なかむら たかし
1949年生まれ
現職:東北大学素材工学
   研究所教授
専門:金属物理化学、
   金属素材再生工学