市民のための成人病の疫学 (2)

 必須微量元素はバランスよく

永 沼   章=文   
text by Akira Naganuma   

 人間の成長や健康の維持に欠くことのできない栄養素の中には、カルシウムや鉄などの無機質が含まれます。カルシウムは骨の形成に必要ですし、鉄が不足すればヘモグロビンが作られないので貧血になってしまいます。これらの無機質は必須元素と呼ばれ、その中でも体内にごく僅かしか存在しないものを必須微量元素といいます。
 表は代表的な必須元素とその作用を示したものです。例えば、セレンは、グルタチオンペルオキシダーゼなど生体の機能を維持するうえで重要な働きをするいくつかの酵素を構成する元素です。したがって、もし体内のセレン量が減少すれば体の中で作られるこれら酵素の量が低下して、特有の欠乏症状を呈するようになります。必須元素は、主に飲食物を介して我々の体内に取り込まれます。かつて中国では克山病と呼ばれる風土病ともいえる病気が特定の地域に存在しましたが、これはその地区の土壌中のセレン濃度が低く、植物や動物など地域住民が摂取する主要な食物中にセレンが不足していたために発生した病気です。
 このケースでは、セレンを食塩中に添加するなどの方法で発症を防ぐことに成功しました。また別のケースとして、病院で飲食物を摂取できないような患者さんに血管から栄養分を輸液で補給(完全静脈栄養)することがありますが、この場合にも輸液中にセレンが添加されていないと欠乏症になることがあります。
 これらはいずれも特殊な例ですが、一般人も必須元素の摂取が不足する可能性はあります。例えば、特定の食品ばかり食べるいわゆる偏食をする人は、ある種の微量元素の摂取不足に陥ってもおかしくありません。食品中に含まれる微量元素の種類と量は、その食品の種類や産地によってまちまちです。したがって、健康を維持するためには、多くの種類の食物をバランス良く摂取する必要があるわけです。それによって、微量元素に限らず、人間の体が必要とする栄養素を適量ずつ摂取することが可能となります。

 最近、新聞やテレビ番組などが盛んに「健康に良い微量元素」を取り上げ、微量元素の必要性が広く認識されつつあります。このような報道では、微量元素を多く含む食品が紹介され、ある特定の元素の摂取不足が心配される場合にはその元素を多く含む食品を沢山食べれば良いというように理解されることがあります。しかし、これも偏食にならないように、適度にその食品を摂取することを忘れてはいけません。また、欧米では微量元素が一つのブームになっていて、健康食品として各微量元素の入った錠剤が健康食品としてスーパーマーケットなどで販売されています。しかし、健康の維持に必要な元素でも必要量以上を摂取すれば過剰症となり、死に至ることもあります。特に、前述したセレンは必要量と過剰量の差が非常に狭いとされていますので、錠剤などでの補給はすべきではありません。
 一般的な日本人は通常の食生活を送っている限り微量元素の摂取量は充分と考えられますが、最近の若い人たちの一部には食生活の乱れなどによって微量元素不足が生じていると警告する研究者もいます。好き嫌いをなくして、できるだけ多くの種類の食品を規則的に摂取することが健康維持の最低条件かも知れません。




ながぬま あきら
1951年生まれ
東北大学大学院
薬学研究科教授
専門:毒性学、生化学




東北大学出版会だより5



 東北大学出版会の17点目の図書として、国際的に著名な美術史研究家、田中英道文学部教授の20年来の研究の集大成がいよいよ刊行されました。ヴァティカンにあるミケランジェロの最高傑作、システィナ礼拝堂の天井画全体を制作順に詳細に分析したものです。「ノアの大洪水」や「天地創造」のシーンなど、旧約聖書のモティーフが迫力をもって描かれたこの天井画は、従来の定説ではキリスト教的宇宙観の反映とされてきました。これに対して田中先生は本書で、火・水・土・空気という四大元素を中心とした当時の自然観を擬人像として表現し、物質にとらわれた人間の苦しみをあらわしたものである、という独自の見解を展開しておられます。1985年から修復時の足場にのぼってすべての天井画を間近に観察・調査されてきた田中先生ならではの創見に満ちた研究です。貴重な図版も多く、その美しさに圧倒されます。
 ゲーテは「システィナ礼拝堂を見ないでは、一人の人間が何をなしうるかを眼のあたりに見てとることは不可能である」と賞賛したそうですが、この本をとおして是非、天才ミケランジェロの世界を存分にお楽しみください。



 田中英道著
『ミケランジェロの世界像――
システィナ礼拝堂天井画の研究』
(本体価格3,200円、本年3月刊)


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