美白研究の新たな展開~小胞輸送研究が切り開く新しい美白へのアプローチ~福田 光則

 「メラニンの生成を抑える…」こんな言葉を日頃、テレビのコマーシャルやドラッグストアでよく見かけます。メラニン色素はシミやソバカスの原因ともなることから、よく女性から敵対視されています。このため、いわゆる「美白」を唱った化粧品がドラッグストアの店頭を飾っています。現在、市販されている美白剤の多くは、メラニン生成を抑える作用がありますが、私たちのメラニン色素輸送の仕組みの解明をきっかけに、新しいタイプの美白剤の開発が注目を集めています。ここでは、メラニン色素が細胞内をどのように運搬されるのか、その仕組みと美白剤開発への取り組みにスポットを当てたいと思います。

メラニン色素は細胞内を輸送されることが大切!

 メラニン色素はシミやソバカスの原因ともなることから、悪者のイメージがあります。でも、実際には、肌や髪の毛に沈着して有害な紫外線から体を守る重要な役割を果たしています。私たちの体が太陽の光を浴びて、日焼けが起こるまでには少し時間がかかりますが、この間、体の中では何が起こっているのでしょうか?ここではまず、メラニン色素が合成されてから、肌に沈着するまでの長い道のりを見てみましょう。
 メラニン色素は皮膚の基底層に存在するメラノサイトと呼ばれる特殊な色素細胞で合成され、メラノソームと呼ばれる袋(小胞)に貯蔵されています(図「表皮」参照)。肌や髪の毛にメラニンが沈着するためには、このメラノソームがメラノサイトの細胞内を適切に輸送されることがとても重要なのです。
 この道のりは大きく六つの区間(ステップ)に分けることができます(図「メラノサイト」参照)。まずは、合成したメラニン色素をメラノソームという袋に詰め込む作業です(①メラノソームの形成・成熟のステップ)。次に、メラノソームは細胞内に張り巡らされた細胞内骨格と呼ばれる二種類の道路(微小管とアクチン線維)に沿って運搬されます。微小管は細胞の中心から周辺部に伸びる幹線道路のような存在で(②微小管上のメラノソーム輸送のステップ)、ここから細胞の周辺部に存在する細く短い道路に乗り換え、さらに輸送されます(③微小管からアクチン線維へのメラノソームの受け渡しと④アクチン線維上のメラノソーム輸送のステップ)。輸送されたメラノソームは細胞膜につなぎ止められ(⑤メラノソームの細胞膜へのつなぎ止めのステップ)、最終的に目的地であるケラチノサイトと呼ばれる皮膚を作る細胞に受け渡されます(⑥メラノソームのケラチノサイトへの受け渡しのステップ)。メラノソームを受け取ったケラチノサイトはやがて角質化し皮膚の表面に来て、日焼けが起こります。
 つまり、メラニン色素は合成する場所(メラノサイト)と働く場所(ケラチノサイト)が全く異なり、合成と輸送の両方が必要なわけです。もう皆さんお分かりですね。メラニン色素の働きを抑えるもう一つの方法は、「輸送を止める」ことなのです。

 
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メラニン色素輸送の 分子的仕組みの解明

 では、メラニン色素輸送の仕組みはどのくらい解明されているのでしょうか?実は、その分子的な仕組みが解明されたのはごく最近のことです。
 私たちの研究室では、細胞内の小胞を輸送するのに重要なラブ(Rab)と呼ばれるタンパク質に注目して、十年程前からメラニン色素輸送の仕組みの解明に取り組んでいます。ラブは細胞内の小胞輸送を行う交通整理人役のタンパク質で、ヒトには六十種類以上のラブ分子が存在しています。なぜこんなに多くの種類が必要かといいますと、細胞内にはいろいろな物質を含む小胞があって、それぞれの小胞を運搬するのに特殊なラブ分子が必要なのです。このラブによる細胞内小胞輸送の仕組みの謎を探求するのが、私たちの研究室(膜輸送機構解析分野)の研究テーマです。私たちはいろいろな小胞の輸送の仕組みを研究していますが、この中でも目で容易に見えるメラノソームは、輸送の仕組みを調べるのにとても良い研究材料なのです。
 ラブの交通整理における役割は、例えてみると「荷札」的な役割です。つまり、運搬する小胞(積み荷であるメラノソーム)に荷札として付着して、目的地への輸送の指令を出しているのです。この荷札を認識して、他の交通整理人役のタンパク質、例えばトラック役や運転手役の分子が目的地に輸送すると考えられます。
 もう少し具体的な話をしますと、図「メラノサイト」のステップ④の過程では、二十七番目のラブ(Rab27A)がメラノソームの荷札として働き、ここにスラックツー(Slac2-a)という運転手役のタンパク質とミオシンという運送トラック役のタンパク質が結合することによりメラノソームの輸送を行っています(図「輸送複合体」参照)。
 また、ステップ①の過程では、三十八番目のラブ(Rab38)がバープ(Varp)と呼ばれる分子と結合することにより、メラニン合成酵素(メラニン色素を作る酵素で、ペンキ役のタンパク質)の輸送を行うことが最近明らかになっています。現在までに①、③~⑤の輸送ステップの仕組みの解明が進んでいますが、ステップ②や⑥の仕組みはまだ全く解明されておらず、今後の研究課題になっています。

新しい美白化粧品開発への アプローチ

 従来の美白化粧品はメラニン色素の生成を抑えることに主眼がおかれていましたが、私たちのメラニン色素輸送の分子的な仕組みの解明をきっかけに、メラニン色素の輸送をターゲットにした新たな美白化粧品の開発が注目されるようになってきました。メラノソームやペンキ役のメラニン合成酵素を運搬する交通整理人役のタンパク質(ラブ、スラックツー、スリップ、バープなど)の機能を薬剤などで抑えることができれば、輸送レベルでの肌の暗色化の制御は十分可能と考えられます。私たちは荷札役のラブをメラノソームから引きはがす新しい酵素も発見しており、この酵素の活性化を促す物質の探索も今後の課題の一つです。
 最近、私たちは化粧品メーカーとの共同研究で、クマリン酸という物質にメラニン色素運搬役のタンパク質の分解を促進し、実際にその輸送を阻害する作用があることを突き止めました。まだまだ商品化の段階ではありませんが、「メラニン色素の輸送を止める」作用を持つ物質が今後さらに発見されれば、美白化粧品への応用も十分に期待できます。近い将来、私たちが解明したメラニン色素輸送の仕組みを応用した、新しいタイプの美白化粧品が店頭に並ぶ日を楽しみにしています。
福田 光則(ふくだ みつのり) 福田 光則(ふくだ みつのり)
1968年生まれ
現職/東北大学大学院生命科学研究科教授
専門/細胞生物学、神経科学
関連ホームページ/
http://www.lifesci.tohoku.ac.jp /teacher/neuro/t_fukuda.html

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