特集 現代の社会病理

児童虐待の現況

  子供を守れ。

佐 藤 光 源=文
text by Mitsumoto Sato




<図1>







少年非行と児童虐待

 いじめや家庭内暴力,校内暴力に加えて,最近は,少年の薬物乱用やバタフライナイフの流行,殺人事件などの凶悪犯罪が相次ぎ,世間を驚かせています。また,援助交際や少女売春といった未成年者の不当な扱いが問題になり,やっと法的に規制されたところです。その都度,子どもの側には欲望や衝動,攻撃性を制御できない性格特徴が指摘され,養育環境では家庭,学校教育,地域社会やマスコミのあり方,倫理性の乏しい大人社会などが議論されてきました。しかし,現状はあまり変わったように見えません。
 ところが最近,親がパチンコや買い物に夢中になって車中に残した幼児を死亡させたり,乳幼児をデパートに置き去りにしたり,母親がアイロンや蚊取り線香を乳幼児の顔や体に押しつけたり,父親が娘の首を絞めて性的な暴行を加えるといった事例が増えています。乳幼児への虐待ですから,子どもの側ではなく,加虐者の親が深刻な問題を持っています。身体的な虐待は目立ちやすいのですが,心理的な虐待は表面に出にくく,潜在する事例はかなり多いと推定されています。しかし,親が与えた心の傷は,長期にわたって子どもの性格形成に悪影響を及ぼします。

児童虐待とは

 児童虐待は,養育者が子どもに加えるさまざまな虐待をいいます。身体的な虐待,養育の破棄・拒否による虐待,性的な虐待と心理的な虐待に分かれます。母親が育児ノイローゼであったり,アルコール症の父親が酔って母と乳児に暴行を加えたり,両親が離婚して預けた先の養育者が子どもを虐待するなど,ケースはいろいろあります。虐待は親から子へ受け継がれることが多く,親自身が児童虐待を受けて育った場合が少なくありません。しつけや体罰程度に思っていて,無反省な親がかなりいます。
 このような児童虐待が,最近,かなり増えているのです。ちなみに,児童虐待で全国の児童相談所に来談した件数をみますと,図1に示したようにここ五年間増え続けており,平成8年度(4,201件)は平成6年(1,981件)に比べて,ほぼ倍増しています。仙台市でも全国統計とほぼ同様に推移しており,来談件数が著しく増えています。

児童虐待を受けた子ども

 基本的な信頼関係が築かれる乳幼児期に,子どもを保護する立場の養育者が繰り返しひどい虐待を続けるのですから,子どもは心身に深い傷を負います。まれに,この劣悪な養育環境を乗り越えて,優れた社会性を身につける子どもがいますが,多くは心の深い傷となって性格発達に悪影響が生じます。
 乳幼児期に虐待が続くと,さまざまな問題行動が現れます。なかでも,人への強い不信感,衝動的で激しい暴力(自傷・他害,家庭内暴力),問題行動(家出,夜間放浪,非行),不登校や学習障害,食行動の異常(やけ食いや拒食),多動や注意集中困難などが見られやすいとされています。その背後には性格発達の歪みがあり,基本的な信頼関係が持てない,衝動を制御できないなど,「私」という世界が確立できず劣等感と不安が募るといったことがしばしばみられます。

少年犯罪の推移

 殺人など凶悪事件を起こした少年の精神鑑定をみると,衝動制御(インパルスコントロール)の障害がしばしば登場します。児童虐待による基本的な信頼関係の障害や,衝動処理の障害が,やがて少年非行とその凶悪化に関係するのではないかという懸念もあります。図2のように,全国の少年非行の件数は増加傾向にあり,平成九年の凶悪犯と粗暴犯の件数は最近五年の平均件数よりも増加し,凶悪化と粗暴化が指摘されています。それと児童虐待との関連はまだ分かりませんが,最近の児童虐待の著しい増加に対する施策が必要と思われます。

児童虐待への対応

 地域によっては児童虐待防止センターができて,「虐待ホットライン」が設置されています。宮城県や仙台市の児童相談所にも相談窓口があり,早期に介入する体制ができつつあります。しかしながら,危機介入はできても,児童虐待を生む養育環境を修復するのは極めて困難です。むしろ,生まれてから保育園や幼稚園に入るまで,母子の精神的なサポートシステムを作れば,かなりの子どもが児童虐待から救われるでしょう。児童虐待の最大の問題点は,子どもの人格を否認し,子どもの人格形成を歪めることにあります。そして,自分の子供の中に発達している人格を,親がどこまで判って親子関係を結ぼうとしているのか,それを見直すことの大切さを物語っているように思います。



さとう みつもと
1938年生まれ
東北大学大学院医学研究科教授
専門:精神医学