「あいづち」上手でよい
       コミュニケーション

 
―外国人のための日本語教育ウェブ教材の開発
才田 いずみ=文
text by Izumi Saita


   多様化する日本語学習者

 外国から日本に来て一定期間以上滞在する外国籍住民の数は年々増えつづけ、2002年には200万人近いと言われています。
 かつて日本語学習者と言えば、日本文学など日本研究をめざす人が中心でした。しかし、今では、日本の科学技術を学ぶ学生・研究者をはじめ、日本人との結婚やビジネスで来日された人、スポーツ選手など、大いに様変わりしてきました。その結果、日本語教育学の分野でも幅広い学習者に対応できるよう、多様な資質を持った教師の養成や、さまざまなタイプの教材開発が行われています。
 マルチメディア教材やウェブ教材の開発も、最近、目立つ傾向です。筆者もいろいろ開発し、今、研究しているのが、ビデオ映像を利用した「あいづち」学習のためのウェブ教材です。


【図1】ビデオ会話の表示画面

【図2】練習の画面

【図3】「ううん」のイントネーションの改善例

 


   スムーズな会話進行のために

 「あいづち」の学習というと、「なぜそんなものを教えるの」と思われるかもしれません。試しに人の話を聞くときに、「あいづち」を打たずにじっと相手の目を見てみてください。きっと相手は不安になって「わかる?」「聞いてますか」というような反応をすると思います。なおも黙っていると相手は話をやめてしまう、という報告もあります。つまり、日本人の会話では、聞き手は何も言わず、話し手だけが一方的に話しつづける、という図式は存在しないのです。適度な「あいづち」が、日本語でのスムーズな会話を進めるための必須要素になっているのです。
 これに対し、英語で話す場合は、「あいづち」がなくても、相手は日本人より長い時間話し続けると予想されます。英語のコミュニケーションにおいては、聞き手が「はい」や「ええ」、「うん」などに相当する言葉を頻繁に挟むのは、邪魔で失礼な行動だとされてます。相手の目を見てじっと聞くのが、よい態度であるからです。こうした違いを教育されなかった方は、英語で話すと、相手の話にうなずきながら、つい“Yes”を連発してしまいがちです。これでは、英語母語話者に違和感を与えることになります。
 また、中国人日本語話者が上司の話に「うん、うん」と「あいづち」を打つので不快だという苦情も耳にします。これも、日本語の「うん」によく似た中国語の「あいづち」を、そのまま使ったからなのです。つまり、「あいづち」の打ち方や、どんな表現を使うかには、それぞれの言語や文化による違いがあるので、日本語の「あいづち」も教育する必要があると言えます。 
 日本語の談話研究は、昨今盛んに行われるようになり、たいていの日本語教科書には、「あいづち」について何らかの言及がなされるようになってきています。しかし、具体的な練習の方法まで書いてある教科書は、あまりありません。というのも「あいづち」の打ち方は日本人でも個人差が大きく、いつ、どの形式の「あいづち」を、どういうイントネーションで打つかについて、答えが一つではないため、教えにくい点があるからです。上手に「あいづち」を打つためには、日本語における「あいづち」の重要性とその基本を理解した上で、できるだけたくさんの実例を見たり経験したりしてもらうのが早道です。

個人で「あいづち」教材を利用する学習者

 


   会話映像で段階的な練習の工夫を

 それにしても、海外で学ぶ学習者には、いろいろな日本人の行動を観察する機会が少ない人も多いでしょう。そこで、そのような学習者を念頭に、ビデオクリップを使った「あいづち」学習教材を開発することにしたのです。ウェブ上に置いた、自然な会話映像にアクセスすることによって、外国人日本語学習者に意識的に「あいづち」を捉えてもらうことを意図した教材です。
 教材のデザインは単純で、まず会話映像を観ながら「あいづち」に注目し(図1)、次に、練習モードに入って、ウェブ上の人物の話に「あいづち」を打ってみます(図2)。練習は、自由に「あいづち」を打つステップ1、次の例のように文字表示のあるステップ2、「あいづち」音声の入ったステップ3、の三段階になっています。

(例)時間はわかる?
〈ううん〉
時間は8時
〈8時?〉
うん、8時にマックの前
〈はい、わかりました〉
はーい

 右ページの(図2)のやりとりを、ある学習者が練習したときの「ううん」の音調の変化を示したのが(図3)です。はじめは、「ん」だけ高く発音していましたが、ステップ3と2を行き来して練習するうちに「高低高」の「ううん」が言えるようになりました。
 教材の開発に当たって、実は少し心配なことがありました。それは、映像に向かって「あいづち」を打つ練習が、真面目にやる価値のないものに見えるのではないか、ということでした。しかし、この心配も、学習者に試してもらったり、海外で教える先生方の意見を訊いたりして、杞憂であることがわかりました。
 この教材は、初級修了から中級初め程度の学習者に適しているのですが、そのレベルの学習者が使った場合には、ちょうどよいタイミングとイントネーションで、「あいづち」を打つこと自体、そう簡単ではなく、教師主導のクラス授業で使った場合も、学習者個人で使った場合も、役に立つ、面白い、と感じてもらえることがわかりました。
 ハワイやオーストラリアなど、海外で日本語を教えている方々からも使いたいという声をいただいています。近日中に完成版を公開する予定ですので、その反応が楽しみです。

 


さいた いずみ

1954年生まれ
現職:東北大学大学院文学研究科 教授
専門:日本語教育学
関連ホームページ:http://nik.sal.tohoku.ac.jp

 


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