シリーズ「遺伝子」2
生物の構成部品と遺伝子

竹島 浩 =文
text by Hiroshi Takeshima

 小学生から中学生にかけてプラモデルに夢中になりました。最初に興味を持ったのは、数種の部品を組み立てて作るお菓子のおまけであったと思います。次第により精巧な物を求め、立派な設計図も兼ね備え数百の部品より構成されるプラモデルへと挑戦していきました。機械的な記号が付けられた部品を丹念に組み上げ、その箱表紙に描かれているようにプラモデルが完成した際に得られるある種の達成感を懐かしく思い出します。
 生物の場合には、設計図は遺伝子であるDNA(デオキシリボ核酸)であり、そこに貯えられている情報に従い、受精卵という1つの細胞から最終的な完成物として鳥にも魚にもなります。ご存じのように、遺伝子は細胞を構成したり代謝反応を触媒したりする蛋白質の設計図となっています。多少専門的になるのを御容赦いただきたいが、DNAとは化学的には4種のヌクレオチドの縮合体で、世間で耳にする ”遺伝子“は ”ゲノム“と ”ORF(蛋白質コード領域)“という二つの生物学用語を曖昧にしながら使用されています。ゲノムとは生物種固有のDNAで、ゲノムサイズというと構成ヌクレオチドの総数を意味します。ゲノム中には無意味と思われる部分も多く、実際の蛋白質の設計図となっている部分は ORFと呼ばれます。無機質に活字が並んだ文字列に例えると、総字数はゲノムサイズであり、意味のある単語がORFにあたります。より高等な生物の構築には、より複雑で多彩な部品である蛋白質が必要であると、プラモデルの例から類推されます。この推論は果たして正しいのでしょうか?
 近年の遺伝子解析の進歩により、生物学研究に汎用される生物ゲノムの解読が進んでいます(表参照)。最も単純な生物である細菌の代表として大腸菌、無脊椎動物のハエ、両生類であるカエル、私たちヒトのゲノムサイズにまず注目しましょう。ハエは細菌の40倍のサイズであり、カエルはハエの20倍であるが、何とヒトとカエルはほぼ等しいのです。ゲノムサイズがヒトとカエルで同様というのは私たち人類の恥辱ではないかと思う方もいるかもしれません。実際の生物の構築部品はORFに対応するので、次にORF数を見てみましょう。ハエは細菌の約3倍の部品からなり、ヒトはそのまた4倍程度の部品から構成されることが判明しています。また、ネズミのORF数はヒトと同等であり、カエルに関しては正確な類推資料は無いのですが、ネズミやヒトと大差ないと現在考えられています。ほぼ同じ部品数でカエル、ネズミさらにはヒトまでが作れるのであり、一方、細菌の9倍の部品でヒトが組立てられるとは、とても不思議です。
 ゲノムサイズとORF数の関係に目を向けるとさらに不可解です。ハエは細菌の三倍の部品のために40倍のゲノムサイズを有し、ヒトに至っては細菌の9倍の部品のために800倍ものゲノムサイズを用意していることになるのです。従って、遺伝子の視点に立つと、細菌では極めてコンパクトにORFをゲノム上に格納しているのに対し、より高等動物になるとORFは一見無意味と思われるヌクレオチド配列に分断されて散在するようになります。現在行われている研究において、無意味と思われる配列内に遺伝子の活性化などを規定する部位の解明が進められていますが、それを考慮しても高等動物のゲノムには無駄な部分が多いと考えられ、逆の見方をすると十分にゆとりがあると見ることも可能です。なぜ・どのように高等動物の遺伝子における非効率化が生じたのかについては、現在謎となっています。

ゲノムサイズとORFの生物種間比較


 下等生物の生活では栄養状態に応じた活動期と休止期しか用意されないようであり、高等生物になるに従い、合目的性では理解不能な行動が観察されるようになります。人間社会における気まぐれ、息抜き、気晴らしなどに相当するものとも考えられ、時にはこれらの行動は独自性や独創性を生む起点ともなり得ます。昨今の我が国では、ゆとり教育、勤労時間短縮によるワークシェア、長期休暇制度などの言葉を頻繁に耳にします。仕事遂行至上主義から包容力や柔軟性に富んだ社会への変革も私たちの遺伝子の要求なのかもしれません。4半世紀ぶりに、今度の週末にはプラモデル屋に立ち寄ってみようか。


たけしま ひろし

1961年生まれ
現職:東北大学大学院
   医学系研究科
   医化学分野 教授

専門:生化学


東北大学出版会だより
東北大学出版会は昨年度合わせて12点の本を新たに出版いたしました。今回は最新刊5点をご紹介いたします。高橋英博氏(宮城学院大学教授)他著の『都市機能の高度化と地域対応』(4,500円)は、八戸市を事例として、日本の地方都市が発展するための条件を見出そうとしています。本書は科学研究費の学術出版助成を受けました。東北大学名誉教授の川村秀忠氏の『学習障害児の内発的動機づけ』(2,500円)は学習障害児教育の今日的課題について、特に「支援」の具体的な提言を行っています。水原克敏氏(東北大学教授)編『自分―私がわたしを創る―』(1,000円)は、東北大学の1年生を対象とした教養教育「自分ゼミ」(13年度前期)の記録です。1年生たちが自問自答を通して「自分」を考えるようになっていく様は、高校生や同年輩の青年たちの共感を呼ぶことでしょう。オスターブロック氏著『ガス星雲と活動銀河核の天体物理学』(東北大学教授田村眞一氏訳・4,800円)は、活動銀河や宇宙の電離ガスに関心をもたれる方への手引き書となることでしょう。いま1冊は、『個性の輝くコミュニケーション』(東北大学大学院電気・情報系および電気通信研究所編、1,700円)です。昨年5月のシンポジウムを基にした本書は、情報通信の高度化がもたらす功と罪の両方に目を向け、「人間性豊かなコミュニケーション」の可能性を探ろうと試みています。
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